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翌日、音楽室に向かう途中で湯葉は別のクラスの子たちに呼び止められた。
「ロマンティック・ハラスメントって、結局どういうこと?」
「たとえばただしゃべってるだけなのにお前らデキてんだろって囃し立てられたことない? そういうのって嫌な気持ちになるし、男女間にいらない距離を生むよね。そういうのを失くせたらいいなって思うんだ」
ああ確かに、嫌だよねえ、とうなずく子たちの合間から、
「それって……、湯葉って男子も女子も好きじゃないってこと?」
と声が上がる。
ほら見たことかと私は内心でげんなりする。
人の主張は性格とイコールで結び付けられてしまう。
みんなは「世の中には恋をしない人もいる」と主張した湯葉のことを、「誰にも恋をしない人」と認識するだろう。そうでなければ、理解できないのだ。自分自身の問題ではないことに熱心になる中学生なんかいやしない。
「え? 私、好きな人はいるよ」
湯葉のあっけらかんとした返答に、聴衆の興味は恋愛へと移ってしまう。
「え、誰、誰?」
「やっぱりあの人でしょ、御手洗くんでしょ?」
「いやいや、彼とは良い友人ですよ」
「じゃあ誰?」
「う~んまいったなあ~、あっ、辛! 先行かないでよ!」
湯葉のよく通る声を無視するのは難しい。けれど私は聞こえないふりをしてすたすたと歩きだす。もうすぐチャイムが鳴ってしまう。移動時間に質疑応答なんかするべきじゃない。
私から見ると湯葉の主張は、湯葉が助けたいと願う人々をかえって困惑させるだけだ。
肉好きの人が菜食主義を名乗ってはいけないのと同じ。単純なことなのに。
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