1 湯葉と辛

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1 湯葉と辛

 私の学校にロマンティック・ハラスメントという概念を持ち込んだのは湯葉(ゆば)だった。  新生徒会長の候補者紹介の日、体育館の壇上に立った湯葉は、挨拶と抱負を述べたあとに「ところで皆さんは今、好きな人はいますか?」と全校生徒を見渡して微笑んだ。 「あなたの初恋はいつでしたか? 好きなタイプは? 将来結婚するならどんな相手がいいですか?」  湯葉はにこやかな笑顔のまま、教室での雑談のように聴衆に質問を投げかける。  好奇心と疑心に満ちた視線を一身に浴びながら、湯葉は笑顔を変えないままもう一度訊ねた。 「さて皆さん! このような質問をとても苦痛に思う人が存在することは、ご存じでしょうか?」  私は唖然とした。  湯葉の親友であることで周囲からの視線をひしひしと感じるが、一番驚いているのは私だ。こんな演説をするなんて聞いてはいなかった。  生徒一同の動揺など意に介さないように、壇上の湯葉は朗々と語り続ける。 「恋愛は素晴らしいことです。しかし世の中には、他人に恋愛感情を持たない人も存在するのです。私はこのようなロマンティック・ハラスメントと戦いたいと思っています!」  力強い主張とは裏腹に、体育館は沈黙に包まれた。
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