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序章:妖精のさざめき
この過酷な地になぜ人は住まうのか。
どこまでも広がる黄金の砂漠。
時折吹き荒れる砂嵐は三日続き、もし砂漠を渡る途中であれば生き残る保証はない。
それなのに脈々と命を繋ぐことが可能なのはなぜなのか。
それはこの砂漠にも妖精の加護を受けたオアシスがあるから。
パームツリーが揺れる緑に囲まれた区域の中心には、澄み、こんこんと湧き出す泉があった。水量は年間通して変わらず、奪い合う必要はないほど豊富だった。
灼熱の太陽を照り返し、白く光る王宮。玉ねぎ型の屋根だけは高価な青い染料で染められており、大きな窓枠に嵌まる格子窓は黄金で出来ていた。
オアシスの水を大量に引き込み、砂漠とは思えない草木と花と噴水に彩られた宮廷内は、原色のドレスで着飾った女たちが水辺でさざめき合い、ターバンを飾る宝石と羽飾りで財力を誇示する男たちが水タバコをくゆらせる。
この砂漠の宝石と言われる王都でオアシスから水を直接引き込むことを許された特権階級は、砂岩で作られた家屋の中で豪奢な絨毯にあぐらをかき、ご禁制の強い酒に酔いしれる。
そして平民街に出れば、水の恩恵にあやかった人々で賑わう市場があり、今日も活発な取引がされていた。
ただ、そこから先、オアシスの分水溝も届かないような場所となってくると少し様子が変わる。社会から弾かれ、取り残された人々があばら小屋に住み砂漠の嵐と魔物の恐怖に怯えているのだ。
とは言え、それでも砂漠に放り出されるよりはいい。
まだなんとかオアシスの恵みにしがみつくことが出来るから。
無限の水に人々は、いや国王と貴族たちは大事なことを忘れていないだろうか。
水は地下から勝手に湧き出すものではなく、妖精の中の妖精、妖精の女王によってもたらされる奇跡であり、過去の王との約束によって保たれているということを。
その約束とは、妖精の女王が国土を分け与え潤いを与える代わりに、人間の王は妖精を食べてしまう魔物を退治することであると。女王の分けた土地に住まうものを愛し、守ることであると。
女王との約束を反故した時、人々の未来はどんなものになるのか。
ほら、妖精たちが騒いでいる。
こんなはずではと嘆いている。
このままでは女王の怒りもいつ爆発するか。
魔物に食われるより恐ろしい。
だからこの、可哀相な女の子を助けて、こっそり討ち取ってもらおう。
だからこの、悲運の男の子を助けて、ひっそり討ち取ってもらおう。
あの愚かな、ファラディーン王国の王、モハラム王を。
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