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39. 旧ウォルプタース島へ
ページをめくるにしたがって、サフィラの思考回路は未知を知る喜びで興奮していく。
(シーサーペントと輪廻について。死者の魂はマーレの胎内に入り、再び生まれることで輪廻する)
そしてウォルプタース家は、もともとマーレを祀っていたらしい。彼女は千年に一度脱皮をし、そのたびに生まれ変わる。それによって、彼女は不死性を保っていた。
死してなおその権能は健在であり、冥界で彼女は魂を生みつづけている。
(なら、ウォルプタース家は今、どうして海亀を祀っているんだろう)
父が生きていたら、彼の考えが聞けたのに。サフィラは唇を噛み、さらに読み進めた。
ウィータについての記述を見つける。
(死を司っていた。テストゥードーに殺されたことにより不死性を失い、自らも死者の国へと向かう)
そして、マーレの力によって蘇る。その際、彼女の眷属として生まれなおし、魔物となった。
神は不死であり、死しても蘇る。しかし蘇りの際、「死んだ」という意味を持つことで、決定的に変質してしまう。
(ここについてはよく分からないけど、とにかく、ウィータは死を司る神から魔物の神になった)
神官が行う神への奉仕について。
(蘇りの水を海へと捧げ、魂の再生を願う。神々への供物として喜ばれた。蘇りの水の材料は、果物にまじないを込め、その果汁を絞って発酵させたもの……)
ひやり、とサフィラの背筋に冷たいものが走った。
もしかしたら、これがアウレア島で流通していた悪質な酒の正体なのではないか。
「すみません、今大丈夫ですか」
サフィラはイーデムに話しかけた。イーデムは気さくに振り向く。
「ここ、見てもらってもいいですか」
蘇りの水について記述された部分を見せる。イーデムはざっと目を走らせ、「なるほど」と頷いた。
「すみません。これ、借りてもいいですか」
サフィラは頷き、イーデムへと本を渡した。彼はさっそくページを開き、解読に没頭している。
手持無沙汰になってしまった。サフィラはふと父が手書きしたメモへと視線を向ける。何枚かめくっていくと、旧ウォルプタース島の地図を見つけた。島を東側から見た図らしい。
(これ、何だ)
そして海に沈んでいる部分に、大きな黒い丸が描かれている。
(実際に行ってみないと、分からないか)
サフィラはじっと紙を見つめた。
行かなければいけない。そう思い立つと、途端に身体がそわそわした。とはいえ、定時までかなり時間がある。もどかしいながらも、サフィラはさらに本を手に取った。
(神々の死について)
神はこの世のことわりであり、神へ祈る場合は正しい順序で行わなければ届かない。
それは、神々を蘇らせること、殺すことについても同義である。
ぞわ、と鳥肌が立った。これは、神殺しについての記述だ。
(ウォルプタース家の本に、こんなものが載っているだなんて)
さらにページをめくり、読みふける。そこには様々な祈祷の手順が書かれていた。その中には呪いといった、人を傷つけるためのものもある。
呪いのひとつとして、神殺し――神を封印する方法が書かれていた。
(神へ特別な蘇りの水を飲ませ、酩酊させる。そのときに殺害すると、神は死んだことを自覚できず、封印状態になる)
サフィラは次々ページをめくり、ひたすらに文字情報を頭へと入れていった。つまり、マーレは封印状態にあるらしい。
(マーレは再生を司る女神だ。冥界からの蘇生も、その権能があれば……)
本を読みふけっている間に、ぱらぱらと解読班から質問が来る。それに答えて、また本を読む。
気がつけば、あっという間に外が暗くなっていた。定時だ。
サフィラは真っ先に部屋を出て、クラヴィスを探す。彼は、まだ騎士団の演習場にいた。何人かの騎士に取り囲まれて、何やらちやほやされているらしい雰囲気があった。
(声、かけちゃ悪いかな)
サフィラが様子をうかがっていると、クラヴィスがサフィラに気づく。彼はぱっと顔を明るくして、騎士たちを置いてサフィラの元へと駆けてきた。
「サフィラ、終わったのか」
「う、うん。あの人たちはいいの?」
「いい。剣と肉弾戦について教えてくれ、とゆすられていただけだ」
「ゆすられていたって、きみね」
呆れてみせれば、クラヴィスは「お前以外の頼みなんか、聞きたくない」と傲岸不遜に言い放つ。それがクラヴィスらしくて、サフィラは思わず噴き出した。
「うん。きみがいいなら、それでいいんだ」
それで、とサフィラは仕切り直す。
「今、うちにあった本を読み解いているんだけど。そこに挟んであったっていう、メモがあって」
クラヴィスは頭を下げて、サフィラへと耳を近づけた。その緑の瞳を見つめながら、サフィラは続ける。
「うちの島……旧ウォルプタース島の地図だった。東側の海の下に、何かがある。僕はそれを見にいきたい」
「そうか。今から行くか?」
クラヴィスが、何も聞かずにあまりにも急なことを言う。サフィラは目を瞬かせ、「今から」と鸚鵡返しにした。
「ああ。お前が気になるなら、今すぐ解決したい」
「でも、もう暗いし……」
「外出届を出しておけばいい。外泊すると伝えておけば問題ない」
ふむ、とサフィラは少し考え込む素振りを見せた。
「……うん。僕も気になるし、行こうか」
ぱっとクラヴィスは微笑んで、「今から行こう」とサフィラの手を引っ張った。
こうして二人は外出許可を手に入れ、夜の街へと繰り出した。ユース島から旧ウォルプタース島は案外近く、島を二つ越えるだけだ。
とはいえ、それなりの距離があるので、空中歩行でショートカットする。
二人は、夜の海を駆けた。街の明かりを見下ろして、二人で天空を走っていく。
「綺麗だね」
サフィラが足元を見降ろしつつ言うと、「そうだな」とクラヴィスがその手を引いた。
「お前の方が綺麗だ」
あまりにも月並みな口説き文句を言うものだから、恥ずかしいやらおかしいやらで、サフィラは仏頂面になった。
「……あんまり冗談を言わないで」
「冗談なんかじゃない。本気で言っている」
戯れながらも、旧ウォルプタース島が近づいてきた。サフィラはクラヴィスに向き直り、加護の魔法をかける。
「これで、しばらくは海中でも大丈夫」
うん、とクラヴィスが頷く。そして二人で、海へと飛び込んだ。
水の中に入ると、全身に重たく夜の海がまとわりつく。サフィラは魔法で明かりを灯し、辺りを見渡した。
すると、目の前に、大きな空洞があった。
それは人の身長の二倍ほどの直径の丸い穴だ。奥へと続いているらしい。サフィラが明かりを飛ばすと、あまりにも深すぎて光が吸い込まれるだけだ。
「行こう」
サフィラはクラヴィスの手を引いて、洞窟の中へと飛び込んでいく。
一瞬視線を感じた気がした。振り向いても、誰もいない。
ただわずかに首筋の毛が逆立つような、嫌な予感がした。
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