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6. アウクシリアの腹のうち
サフィラたち一行は船に乗り、大海原へと漕ぎ出した。船は水しぶきを上げながら進む。
ぴんと立った帆が風を捉え、それを慣れた手つきで操りながらアウクシリアが言った。
「今はとりあえず、補給地点にしている島へ向かおうとしている。そこでサフィラとクラヴィスの分の装備を整えるぞ」
サフィラは慌てて頷く。体の向きを彼へと向けて、感謝を示した。
「何から何まで、ありがとうございます。その……、陸についたら、しっかりお礼させてください」
「おうおう。俺はそういうの、きっちり取り立てる方だぜ」
クラヴィスはと言えば、サフィラの横顔をじっと見つめていた。
「楽しそうだな」
「え、そう?」
サフィラはなぜかどきりとして、そっぽを向いた。その二人を見て、アウクシリアは口笛を鳴らす。
「ノドゥスが急に頼み込んでくるから何かと思ったら、やっぱりなぁ」
「何がやっぱりなんですか」
サフィラが尋ねると、クラヴィスは平然とした態度で言い放つ。
「恋仲だと言いたいんだろう」
「ち、違う!」
サフィラは慌てて否定するが、頬がかっと熱くなるのを感じた。
「真っ赤じゃねえか。ウブだね」
「そうだ。サフィラは恥ずかしがり屋なんだ」
「勝手にあれこれ言わないでくれるかな」
サフィラが膝を抱えてクラヴィスを睨むと、「かわいいだけだぞ」とクラヴィスがその頬をつついた。
「……クラヴィスも、はしゃいでない?」
「まあな」
彼は少しだけ口の端を緩めた。
「というよりは、安心している」
サフィラがその言葉の意味を尋ねるより先に、船は加速する。あっという間に、アウクシリアの補給地点だという島へと到着した。
船着場に船をとめ、身軽に降りるアウクシリア。対するサフィラとクラヴィスは、すっかり船酔いでふらふらになっている。
「まあ、最初はそんなもんだ。多少無理してでも、今のうちに慣れておけよ」
アウクシリアは街中へとずんずん歩いていくので、サフィラとクラヴィスは必死で追った。やがて彼は、一軒の店の前で立ち止まる。
古びた店構えのその扉を開けて、ひと足先に入っていった。這う這うの体で二人も店に入ると、そこには無数の武具が飾られている。
どうやら、冒険者に向けた武具店らしい。
「素人向けから玄人向けまで、なんでもござれだ。ここで装備一式揃える」
クラヴィスは一歩引いて、扉側の壁にもたれかかった。
「俺は騎士団の装備があるから、それでいい」
「なら、サフィラか」
それからアウクシリアとサフィラが話し合って選んだものは、防御魔法のかかった革鎧。それから短剣。
「じゃ、買ってこい」
アウクシリアが促して、サフィラは会計に向かった。
次は食料品を買う。他にも日用品など。
こうして準備を整えていると、いかに自分が不用意だったか、サフィラは身にしみて理解した。
船を買って、装備を買って。おぼろげにしか計画を立たずに海へ漕ぎ出していたら、今頃どうなっていたのか。
クラヴィスを見上げる。彼はなんてことない顔で、サフィラの隣に並んでいた。
(僕はひとりでなんとかできるって、思い上がっていたんだ。こんなこと、クラヴィスはこうやって、簡単に乗り越えるのに)
自分の非力さに、ほんの少しだけ、気が沈む。
ひとしきり買い物を終えた後。ぐうう、と誰かのお腹が鳴った。
アウクシリアが、腹をさすりながら言う。
「メシでも食うか」
その一言で、三人は食堂へと入った。ここの名物だという魚料理を注文して、「さて」とアウクシリアが二人と向き合う。
「ノドゥスからはあらかた聞いているが、改めて俺からも聞きたい」
その改まった真剣な声に、二人は背筋を伸ばした。彼は太い指で、サフィラを指さす。
「お前。サフィラ=ウォルプタース。シーサーペントが復活すると言っているようだが、本当に信じているのか?」
「もちろんです」
サフィラは当たり前だと言わんばかりに頷いた。そうか、とアウクシリアは頷く。
それからまるで聞き分けのない子どもに強く言い聞かせるような、少し厳しい声色で、彼は尋ねた。
「この先、誰もそんなおとぎばなしは信じやしないぜ。俺も含めてな。お前は、それでも行くのか?」
もちろん、彼が信じているのはサフィラではない。彼の愛するノドゥスの「お願い」だからこそ、こうして一旦は引き受けてくれている。
そして彼もまた、伝承を信じていない。
「冒険は命懸けだぜ。今回の旗頭はお前だ。半端な……、少しでも甘えのある態度を見せたら、俺は降りる」
それでもサフィラは顎をひいて、アウクシリアを見つめた。
「はい」
そのサフィラに、「俺は信じているからな」とクラヴィスが微笑む。
「シーサーペントを倒して、島が新しくできたら、そこで一緒に暮らすんだ」
「今、ここで、それを言うな……」
サフィラが肩を落とす。アウクシリアはしばし考え込んだ後、「まあいいや」と笑った。
「俺の愛しい人が言うことなんだから、俺もお前らに付き合ってやろう。なにより、面白いじゃねえか。伝説のシーサーペントが実在したかもしれねえ、なんてな」
ちょうどその時、料理が運ばれてきた。飲み物は、サフィラとクラヴィスが水、アウクシリアが酒。
「どうせ俺は、面白い冒険ができりゃあそれでいいんだ。お前らについていけば、いいもんが見れそうだ」
では、とサフィラはぱっと顔を上げる。彼は豪快に笑った。
「ただし青二才ども、俺の言うことはよく聞けよ」
サフィラは深く頷く。クラヴィスは「ああ」と、静かな声で言った。
じゃあ、とアウクシリアがジョッキを掲げる。
「俺たちの船出を祝って。乾杯!」
三人のジョッキがぶつかり合う。口をつければ、サフィラはずっと喉が乾いていたことを知った。
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