第二話

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第二話

「警部の『嫌な感じ』はどうやらハズレだったみたいですね」  伊藤涼香の逮捕直後には笑顔を浮かべてそう言っていた川島が、取調室の机にうつ伏せる伊藤の姿をマジックミラー越しに見ながら溜息を吐いている。 「アリバイはない。証拠も揃っている。でも、彼女が嘘を吐いているようには見えないですね」  伊藤は一貫して犯行を否認している。彼女の証言を信じれば、大迫がイジメに関係した人物を特定していたとしても、彼女に彼を恨む気持ちは無い。五年前の事件後、彼女は週刊誌のインタビューを度々受けている。イジメを受けていた彼女が、結果的に多くのメディアに晒される形となってしまったことに同情する声が上がる一方で、それにも負けず、イジメを克服していった彼女に称賛の声も上がった。  その世間の反応を見た週刊誌側が彼女に手記の執筆を依頼し、その手記が仮名で出版された当時は、大きな話題を呼んだ。  黙したままで取り調べの様子を見ている比嘉の隣で、川島は独り言のように言葉を連ね続けていた。 「イジメを克服するって、相当な努力と勇気が必要ですよね」  川島がそう呟いた時、比嘉が視線を川島に向けた。 「すみません。うるさいですね」  静かにしろと比嘉から言われると思った川島が、首を竦めるように小さく頭を下げて言ったが、比嘉に怒るつもりはなかったようだ。
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