第一章 猫にまたたび

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 白内障は、ルーペをかけたら見えるという病気ではない。  長年の趣味を手放すなんて、さぞ残念だろう。手術すればいいのに、と思っても、それを決めるのは本人の意志。とやかくいえるものではない。  おばあちゃんなら、藤原さんをなぐさめつつ、手術をうけるよう説得できた?  頭の中で祖母に問いかけるなんて、本当にダメだな、私。どんなに問いかけても、答えてくれないってわかっているのに。 「ほんま残念やわ。せっかく、まこちゃんがこのお店継いでくれたのに」  祖母は一年前に亡くなった。私は美大を出たばかりで、就職先もなく母のいる東京に帰りたくなかった。積極的でも、前向きでもない気持ちでこの店を継ぐことをきめた。  そんな腰の座らない店主の態度は、お客さんに伝わるのだろうか。  祖母の代からのお客さんは、ひとりへりふたりへり。帳簿を見返せば、売りあげは右肩下がり。
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