第一章 猫にまたたび

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 いとまごいした藤原さんを、外玄関の格子戸まででて見送る。後ろ姿が見えなくなるまでそこにたっていると、四月のまだ冷たい風が通りを吹きぬけていく。風にゆれるボブの髪を耳にかけながら、地面におかれた二つ折りの看板を見る。水色にペイントされたウッドに店名の「リンカネーション」が、茶色いペンキで書かれていた。  もともと店の名前は「土田の染め糸屋」だった。祖母の名字をつけた、なんのへんてつもない店名を、京都の美大にこの家から通いだした私が、「古くさい」と難癖をつけたのだった。  怒るわけでもなく祖母は「ほな新しい店名と看板、まこちゃんがつくって」とオーダーしてくれた。  リンカネーションの意味は、転生や輪廻。一本の糸が人の手で、様々なものにつくられ生まれかわる。それを転生とかけたのだが少々ひねりすぎたと、今はこの店名が少々気はずかしい。  看板から段々と目線をあげていく。上部がすいた細い木製の糸屋格子、低くはりだした軒に一文字瓦。その上には魔除けの鍾馗(しょうき)さんが、長年の風雨にさらされてもいかつい顔をしてこの家を守っている。
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