天使の微笑み

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 悪魔はイエス・キリストに、神ではなく悪魔に仕えることと引き換えに、富と栄光を与えるとささやいた。  悪魔メフィスト・フェレスは、ファウストに魂と引き換えに、この世のあらゆる欲望を満たすと取引を持ちかけた。  悪魔の魅力あふれる対価に対して、天使の言葉は命令ばかりで、何も得をすることがない。  信二(しんじ)は常々そう思う。  マンガや小説の中で、心の中の天使と悪魔が葛藤するシーンがあるが、面倒くさい天使の発言に対して、悪魔の言い分はもっともなことが多い。  残業帰りの列車の中、やっと座れたシートの前に老人が立つ。心の中の天使は『すぐに席を譲るのです』と命令するが、悪魔は『疲れているし、この老人だって座りたければシルバーシートの前に立てばいいだろう。実際、そこのシルバーシートには自分より若い子が座っているではないか? そいつが立てばいい』とささやく。  道で親とはぐれた幼女が泣いている。心の中の天使は『女の子が不安がっている、助けなきゃ』に対して、悪魔は『声をかけて、もしも幼女性愛者(ロリコン)だと思われたら、警察沙汰になると面倒くさい』ともっともなことを言う。  意味のない残業を上司から命じられたけど、ここで楯突くのもどうかな? うとまれたら面倒だ。大人しく言う通りにしよう。  雨の日に選挙に行ったところで、今の日本の何が変わるのだ? 風邪をひいたら課長に『体調管理がなっていない』と怒られるのがオチ、面倒くさい。  田舎の母親が送ってくる亜麻似油、毎朝人さじ飲むだけで悪玉コレステロールが減るって? そんなもんで健康になるなら厚生労働省が法律で義務化すればいいだろう。あんな臭いもの毎日飲むなんて、面倒くさい。  教育、勤労、納税は国民の義務なので渋々やってきたが、義務ではないものをやることは面倒の極みだ。  こうした考え方から、信ニの天使と悪魔の葛藤は、天使の大幅な負け越しになっている。  
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