天使の微笑み

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 そんな面倒くさがりな信ニでも、唯一、好きではないが面倒くさいと感じることなく、続けていることがある。毎週土曜日のジム通いがそれだ。  会社の福利厚生で無理やり会員にさせられ、すぐ退会するつもりでいたが、この半年毎土曜日は必ず通っている。  それというのは、土曜日18時に現れ、入り口から三番目のランニングマシーンを使う、憧れの君の存在があったからである。  初めて行ったジムで、無気力にランニングマシーンを走っていた信ニの横に彼女は現れた。  肩までの髪をポニーテールにまとめ、センスのいいパステルカラーのトレーニングウエアは、ほどよく洗濯の回数を経た年季を感じる。化粧気ない顔は健康的な輝きと、切れ長の瞳に知的な光をたたえていた。  高校時代にずっと片想いをしていた、憧れのクラス委員長に似ている。  教室の窓からいつも見ていた陸上部のエースで人気者、信ニがあまりにも自分との違いから秘めた思いを最後まで口にできなかった女性と、となりを走る彼女の姿がオーバーラップして見えた。  以来、また彼女に会いたくて、日時を変えてジムに通ったのだが、土曜日のこの時間でしか会ったことがない。  信ニは、土曜日の18時が待ちどおしく感じるようになった。  今日こそは、何か話しかけたい。しかし、変な人だと思われて敬遠されでもしたら、毎週土曜日の楽しみがなくなってしまう恐怖も感じていた。  もしも、悪魔と契約が可能なのであれば、彼女と交際できるなら魂を引き換えにしてもいいかもしれない。  信ニはそう考えていた。    
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