その1 だって、怖かったから

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――――――…… 食事が終わった後、家まで送ってくれるという高田君のありがたい申し出によって、一緒に歩いて帰ることにした。 「はやく自転車を買わないとな…」と呟く私に、「俺、マウンテンバイク欲しいんだよね」と高田君。 高田君の家は専門の講義がある別館の近くだから、ここから少し離れたところだ。 「電車で通うんじゃないの?」 「二駅だし中途半端じゃない?時間も気にしたくないしね」 「そっか、サークルもあるしね」 「サークルか…。南ちゃんはもう決めた?」 くるりと振り向いた彼に胸が躍る。 「まだだけど……あ!高田君はやっぱり陸上?」 私の質問に、なぜか彼は少し悩んだ様子で空を見ている。 「たぶん…、陸上には入らないかな。違うスポーツもやってみたくて…」 そう…、なんだ。ちょっと残念…。 また彼の走る姿を見られると思っていたのに…。 無意識に俯いた。 ―――が、その直後、 「うわぁぁっ!??」 すごい力で腕を引っ張られ、電柱に顔をぶつけるかと思った。 驚きながらも、抗議しようとしたけれど……、 「すっげー星!都会でも見えるんだねー!!」 「本当だ…、すごいね…」 空を見上げると、満点の星空。 都会に引っ越したから諦めていたのに…。 高校の頃はよく星空を眺めながら家まで帰っていたんだよね。 同じことを高田君も思い出したらしい。 「なんか嬉しいね。大学に入ってもこれまでと同じように南ちゃんと一緒にいられるんだから…」 穏やかに言われた彼の言葉に胸がいっぱいになって、何も言えずに笑顔だけを返したのだった。 ――――場所は私のマンションの前。 空には無数の星。 「また明日ね」という言葉の後…、誰にも見られないようにこっそりと私達はキスを交わした。
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