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「旨そうな匂いの中に、ただ置かれているっていうのも辛いですよね」
幅の狭いカウンターの奥から漂ってくる匂いに、川島は腹を押さえている。
「もう腹が減ったのか。若いってのも楽じゃないな」
「もうって言いますけど、五時回ってますよ。腹だって減ります」
夜のピークはまだ先のようだが、厨房ではたった一人のスタッフが忙しく動いている。
「良かったら何かお作りしましょうか?」
「お願いします」と答えそうな勢いで振り向いた川島を制して、比嘉が「結構です」と断った。その直後に、店の前に三輪スクーターが帰ってきた。比嘉達が待っていた薮田だ。
「ただいま戻りましたー」
ヘルメットで潰れた髪を撫で上げながら店に入って来た薮田が、比嘉と川島を見て「いらっしゃいませ」と声を掛けた。
「薮田さんですか?」
比嘉はバッジを見せながら尋ね、薮田の表情を注視した。バッジを見た時の反応で事件に関係しているかどうか、ほぼ百パーセントの確率で判断できる。中には、それすらも計算に入れて立ち振る舞う犯罪者もいるが、極めて稀だ。
薮田は一瞬目を丸くしたが、すぐにその瞳を好奇心に輝かせた。
「そうです。けど……何ですか?」
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