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「ああ、そうです。けど……何か?」
「私も行くとこなの。一緒に上がんなよ。あ、そうだ。ひとつ持ってあげる。っていうか、ひとつ持たせて」
女はそう言うと、薮田の返事を待たずに、薮田の手の上にある保温ケースを開け、四つ積み重ねられたピザケースの一番上に置かれていたひとつを手に取った。
「あー、あったかい」
女は薮田から奪い取ったピザケースの上に寒さで白くなった手のひらを押し当てている。そして、そのままエレベーターへと向かって行った。
――三十歳ぐらいだろうか。
薮田は前を歩く女の尻を見ながら考えていた。思わず顔をしかめたくなるような香水の匂いが流れてくる。逃げ場のないエレベーターの小さな箱の中で、この匂いを嗅ぎ続けねばならないのかと、薮田は軽い吐き気と戦っていた。
だが、その心配はなくなった。
「あ、やだ。ワイン買ってくるの忘れてきちゃった。梓には電話で言っとくから、どうぞ先に行ってて」
女はやはり薮田の返事を待たず、奪ったピザを返して携帯電話を操作しながらマンションの外に出て行った。
「……オバサンは嫌だね」
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