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十二階のボタンを押し、エレベーターが上がり始めると、薮田は呟いた。未だに残る香水の匂いに顔をしかめながら。
十二階に到着し、エレベーターの扉が開いた瞬間、寒風が薮田の身を包んだ。早く仕事を済まそうと、足早に歩を進めたが、どうやら逆方向に歩いてしまったらしい。玄関横の壁に張られた小さなネームプレート上の数字が、「1205」「1204」と、若返っている。
「あー、もう……」
薮田が素早く回れ右をして反対方向に身体を向けると、この寒さにもかかわらず玄関ドアを全開にして、薮田に向かって手を挙げている女性の姿があった。首に巻かれたマフラーで、顔の下半分を覆っている。
「あっ、すみません」
薮田は小走りでその女性の立つ玄関前へと向かったが、冷たい風に涙が零れだしてその足を緩めた。耳が千切れそうに冷たい風だ。
「ごめんなさいね、こんな寒い日に」
女性が薮田を気遣って声を掛けた。マフラーを通して、その声は少しくぐもっている。
「えっと、御手洗さん……ですよね」
「そうよ。あ、ピザはその上に置いといて」
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