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薮田は女性が指を差した下駄箱の上にピザを置いた。下駄箱の上には造花だろうか、花瓶に季節外れのヒマワリが複数本飾られていた。
「で、おいくら?」
「四千三百二十円です」
薮田が答えると、女性はクマのキャラクターがデザインされた玄関マットの上に置かれていた五千円札を薮田に渡した。
「これでお願いできます?」
「はい、大丈夫です」
薮田は手袋を片方外し、ウエストポーチから、冷え切った硬貨をひと掴み取りだした。その中から、目当ての硬貨だけを手のひらに残し、女性に差し出した。
「では、六百八十円のお返しです」
女性は薮田の手のひらの上から、五百円硬貨だけをつまむようにして取った。女性の手には、ファーの付いた革の手袋がはめられている。
「それで缶コーヒーでも飲んで。ご苦労様」
「あ、えっと……良いんですか?」
薮田の問いに、女性は目元で小さく笑っただけで答えた。
「ありがとうございました!」
普段よりも深めに頭を下げ、薮田はエレベーターへと向かった。
「ラッキー」
百八十円が手に入ったことと、エレベーターの箱が十二階に留まったままになっていた幸運に薮田はそう呟いて、小銭をズボンのポケットにねじ込んだ。エレベーターに乗り込む時、何気なく部屋の方を見ると、まだ女性は薮田を見送っていた。
薮田がエレベーターの扉に手を掛けたまま頭を下げると、女性も少し頭を下げてようやく部屋の中へと消えた。
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