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自室の玄関で不幸にも命を落としていたのは、御手洗梓三十二歳。独り暮らしの女性だ。外出先から帰ってきた時に、まだ住み慣れない玄関で躓いたのか、仰向けに倒れていた。
真新しいクマのキャラクターがデザインされた玄関マットは、彼女の頭部から流れた血を吸っている。部屋の鍵は、玄関ニッチへ無造作に置かれている状態だ。
帰宅直後と見えたのは、その身なり服装からだ。首にはマフラー、手には手袋。
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。さて、行こう。お呼びだ」
十二階から手招く鑑識官を見て、比嘉は川島の肩を叩いた。
比嘉はこの川島を気に入っていた。軽口を叩く悪い癖はあるが、疑問はもちろん、自身の無知や経験不足を隠しもしない。その全てを比嘉に対してぶつけてくる。そして吸収しようと努力している。
「どんな感じですか?」
現場前でネットキャップを脱いでいた鑑識官に、比嘉が尋ねた。
十二階の廊下には、捜査員以外の姿は見えない。普通なら野次馬の数人でも自室玄関前に姿を現しそうだが、この日の寒風は住人の好奇心にも勝っている様子だ。
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