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プロローグ
正午を前にしても、気温は正の値に転じていない。週初めから居座り続けている寒気は、週の半ばになって更に勢力を強めていた。
今年度の講義を全て終えた薮田康太は、今日も宅配ピザのアルバイトで冷たい風を切っている。三輪スクーターのスピードメーターには、時速三十キロメートルを示す場所に、赤い三角のシールが貼られている。普段は注意していないとそのシールを超えてしまいがちなメーターの針も、冷たい空気のお陰で、そこに重なることもなかった。
配達先の真新しいマンションに到着し、エントランスの正面にスクーターを停める。赤いボックスを開け、ピザの入った保温ケースを取り出し、代わりに冷え切ったヘルメットを入れた。
「1209……」
伝票に印字された部屋番号を呟き、薮田は溜息を吐いた。白い息は強い風に流されて、一瞬で寒気の一部に取り込まれる。
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