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壱. 伽藍堂と薔薇乙女
時は大正。
大衆文化が花開き、西洋の香り漂う街並みに変化し始めた頃。
ただ一人、時代の流れに乗るも飲まれも逆らいもしない男がいた。時代の流れを全く気にすることなく、存在しているだけの男が。
男の名は屍宮京骸という。
肌には常に漆黒の衣を纏い、崩れかけの古屋に住みながら、迷信だと嫌忌される妖怪祓いを生業として生きていた。
それは、京骸の存在が華やかな文化とは対立していると証明するには十分すぎるものだった。
何に対しても無頓着な京骸に人は呆れ返り、「奴は心なき伽藍堂なのだ」と口々に噂した。変わり者だと。
だが、京骸に近づく者は全くいないという訳では無い。週に一度の頻度で誰かしらは京骸を覗きに来る。
好奇心に操られた者或いは訳ありの者。
「いらっしゃっせ」
一週間ぶりに開いた滑りの悪い扉に向かって、京骸は声をかけた。
扉をこじ開けた者は、薔薇の色を抽出したような真紅のワンピースを着こなす乙女。
乙女の力では重い扉を、よくぞ開けたものだと京骸が感服していると、乙女は華やかに一礼してみせた。
「あの、もし。貴方様が屍宮様でいらっしゃいますか」
玄関に座り込み、扇子で扇ぐ京骸の顔を乙女は覗き込む。その瞳は、丑三つのように黒かった。伽藍堂にも及ぶほどの鈍い光のみを宿す虚ろな瞳。
「いかにも。私が屍宮だが、お嬢さんの名は」
「一条ハルと申します」
服装や言葉遣い、そして所作からハルは裕福な家の者だと京骸は分かった。
なぜそのような者が嫌忌される自分を訪ねてきたのか、思い当たる節は一つのみ。
「妖怪か」
「左様でございます。私の家は昔から妖狐を祀る一族。妖狐の力もあり、栄えている者たちです。ですが、一週間ほど前から奇妙なことが引き続き起こっているのです」
座ることもせず、玄関に佇み、ハルは淡々と物語る。
悩んでいるというよりは、主人の使いで訪れた使用人のような表情で。
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