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 聖司はカラーボックスの前で正座して、おいちゃんの本のページを(めく)った。繰って戻して、(ようや)くスズキ「フロンテ800」を見つけた。  興奮して高鳴った鼓動が、ツーサイクルのエンジン音に思えた。  1960年代当時、激戦区と言われた800ccクラスの大衆車の中において、それまで軽自動車専門だったスズキが初めて手掛けたこの車は、特に異彩を放っていた。  『フロンテ』と言う、元来スズキブランドの主力軽自動車の名を冠しているところも面白い。  結局、既存の対抗車種に押され、販売台数は振るわず、(わず)かな期間で生産は終了した。  高級セダンの排気量が3000ccを超え、コンパクトカーでも1000ccを上回る時代が到来し、軽自動車の規格も360ccから550ccと次第に大型化。800ccなどと言う中途半端な規格自体が不要となった。  聖司が生きる時代には、既に800ccの乗用車は(ほとん)ど姿を見る事ができなくなっていた。  その幻の車は、聖司にとっては憧れだった。    利便性を重視した軽自動車や、走行性能を重視したスポーツカー、戦後の我が国の復興を象徴したような大型の高級車、どれも素敵だけど、聖司は800ccが美しく、自分に合っていると思う。  中でも、特徴的な機能を多く有し、他車種と一線を画しながら、多数の支持を得られなかったフロンテ800には魅力を感じる。 ── 半端者(はんぱもん) ──  父ちゃんや爺ちゃんはそう言った。  おいちゃんは一人前になれなかったと。  社会的に認められない存在だったと。
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