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「美音さん、炎上商法をご存知ですか?」
「わざと炎上して注目を集めるっていうやつですよね」
「そうです。美音さんには、炎上商法をやってもらいます」
瞳が揺らいだ。炎上商法をやってもらいます、と淡々に古谷さんは言った。その淡泊な口調に動揺した。この男はどうしてこんなにも恐ろしいことを平気で言えるのだろう。今までマネジメントしてきた人たちにもこんな突拍子もない発言をしたのだろうか。本当に腕は確かなのだろうか。
それに炎上するのは古谷さんではなく、美音だ。古谷さんにとっていくらマネジメントをしている役者であっても、所詮は他人事なのだ。
「古谷さんの考えを聞かせてもらえますか?」
「勿論です。まず美音さん、貴方はこの業界に入って既に10年が経っています。20歳で芸歴10年ですので、かなりのキャリアです。しかし目ぼしい功績もなければオーディションで合格することもない。前に仕事をしたのはいつか覚えていますか?」
「……覚えてません」
嘘だ。忘れるわけがない。
「5年前にスペシャルドラマのクラスメイト役で出たっきりです」
責めるような口調で古谷さんが言った。私はぐっと唇を噛む。
5年前にカメラに映って以来、美音は一度もカメラの前に立っていない。新しくアーティスト写真を撮ったが、それ以外でカメラに自分の姿が映ることはなかった。
夢を見ていた。同年代のあの子のようにキラキラした衣装を着て、沢山の大人に囲まれながらもしっかり受け答えして、すぐに泣けるようなあの子になりたかった。
自分もいつかああなるんだと、彼女の姿をしっかりと目に焼き付けた。けれどそうはいかなかった。
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