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アーニがセラフィーナと別れて随分と長い年月が経過した。
暗闇の森の洞窟の中でアーニは今その命を終えようとしていた。
早くに亡くなった息子、そしてニンゲンの娘・セラフィーナ。アーニはそのふたりを片時も忘れることなく生きた。
特にセラフィーナに関しては、何度も何度もその様子を伺いに行こうとしては森の出口で立ち止まって引き戻した。セラフィーナのニンゲンとしての幸せを邪魔したくなかったからだ。
それにきっともうセラフィーナはアーニのことやこの森での生活のことを忘れているだろう。それでいい、それがいいんだとアーニは自分に言い聞かせた。
段々と目が見えなくなり、意識が遠くなる。アーニは死が直ぐそこまで迫っていることを知る。
楽しいこと、悲しいこと、憤ったこと、喜んだこと……様々な経験をしたので“後悔”はなく、満足いく生涯だったと自分のことながらアーニは思う。
後は息子の所へ行くだけだ。……しかし、ひとつだけ“心残り”はある。でもそれはもう叶わないことだ。
視界が真っ暗になり、聴覚と嗅覚が弱々しいながらも冴え渡る。
生まれ育った森の匂いや小川のせせらぎを感じながらアーニはふぅと息を吐く。
ああ眠い、もう眠ろう。アーニが微睡みに身を任せたその時、こちらに近づいてくる足音と懐かしい匂いに気がついた。
その匂いは直ぐ傍らまでやってくる。するとアーニの冷たくなりかけている体にあたたかい何かが触れた。それは年老いた体を撫でるように往復する。
そして……。
「遅くなってごめんね、お母さん」
優しい優しい声が聞こえた。
「わたしのこと、育ててくれてありがとう。大好きよ、お母さん」
アーニは最後の力を振り絞ってその優しい声に応える。
「立派に育ってくれてありがとう、愛しの娘・セラフィーナ」
ほろりと涙が流れる。これでアーニの心残りはなくなった。
最期にアナタがやってきた、それはとても喜ばしいこと。アーニは幸福に包まれながら天の国へと旅立った。
《終》
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