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第1話
俺たちが電車に乗ってすぐのこと。
「夏にこのトンネルを通ると天使が現れて、願いを叶えてくれるらしいよ」
と彼女は声を弾ませた。
「へぇ」
「興味ない?」
「ない」
「えー!」
「俺は君がいるだけで十分だよ」
彼女は口角を上げたが、目蓋は無理して震えていた。付き合ったばかりの頃は、こう言うとうれしそうだったのに。
「今日のデート、残念だったな」
耐えかねた俺は話題を変えた。
「どうして? 私は楽しかったよ」
「でも花火大会、中止になったじゃん」
「屋台のたこ焼きも焼き鳥もおいしかったよ。花火は来年行けばいいじゃん」
「それも、そうだな……」
このときの俺は、彼女の気持ちも未来の絶望も露知らず相づちを打っていた。
◯
2年後の8月。
俺は入院中の病院から抜け出した足で、駅に向かっていた。
激しい雨が俺を襲った。目線が地面のほうへ下がっていく。全身雨にぬれ、悪寒が走った。
引き返したほうがいいのだろうか。だって、あれはうわさでしかない。確実でないのに、わざわざこんなぬれてまで行くべきなのか……。ばかやろう。そうじゃない。端から諦めるな。
俺は前を向いた。
今戻れば、次いつ外に出られるかわからない。俺は危険人物として閉じ込められるかもしれない。今だ。今しか、ないんだ。
雨の冷たさも雷の音も遠く感じてきて、体の震えが大きくなればなるほど心は炎のように熱くなっていった。
ぬれた体を引きずりながら駅に到着した。切符売場を見つけると、「○○駅まで」とあえぐように発する。滴がまつ毛に落ちて視界がゆがんだ。
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