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 道は月明かりもあり、自然に囲まれた山の中にしては明るい。  木々の影が地面に移り、渓流で冷やされた風が吹き抜けて、昼間の暑さを洗い流すようだ。  登り坂を歩きながら、蔵人は綺紗羅の名を呼びつつ、道の左右に明かりを投げかけて歩いた。  すると、不意に頭の上からガサガサと妙な音がした。  顔を上げると、そこに白っぽいものがいる。 「美咲かっ?」 「…周防?」  木の上から、綺紗羅の声がした。 「そんなトコで、何してんだ?」 「えっ? あぁ、助けてくれ」  助けを求める人間にしては、あまりに逼迫感にかけるその態度に、蔵人は少なからず呆れていた。 「どうやって、そんなトコに登ったんだ?」 「いや、登ってはいない。落ちた」 「落ちたぁ?」 「すすり泣きに驚いて、蹌踉めいたら足を滑らせた。咄嗟に枝を掴んだら、ここで止まったんだが。どうやって降りたらいいかが判らなくて…」 「そうか。じゃあ今、トーマに連絡を…」 「ぎゃあああっ!」  蔵人がトランシーバーを手に取る前に、綺紗羅の遥か後方から悲鳴が聞こえ、激しい葉擦れの音が聞こえた。  そして、綺紗羅がしがみついている枝と同じ場所に、新たな人影が現れる。  それが冬馬だと認識するより先に、枝は二人分の体重と衝撃に耐えられず、鈍い音を立てて折れた。 「うわっ!」 「ひええっ!」 「!!!」  驚いた蔵人は咄嗟に、思わず両手を差し出し、やや太めの枝とともに落ちてきた綺紗羅と冬馬を受け止めようとしてしまう。  ここは逃げるべきだったと思った時には、二人分の体重が飛び乗ってきていた。 「いったぁ……」  最初に声を上げたのは、冬馬だった。 「どけ……」  一番下の蔵人が、か細い声で言った。 「ああ、クラちゃん! 君は命の恩人だよ!」 「いいから、どけって……」  太めの枝は、幸いにして蔵人の上には落ちなかった。  綺紗羅は這いずるようにして蔵人の上から退き、立ち上がった冬馬は蔵人に向かって手を差し出す。 「いや〜、暗闇の中で聞くすすり泣きってコワイねえ! 自分で人感センサー仕掛けたのに、びっくりしたら足滑らせちゃってさぁ!」 「いいから、助っ人呼びに行けよ」 「助っ人? なんで?」 「足首、ひねったっぽい。ちょっと立ち上がるの無理」 「ええ〜! えっ? えっ? サラちゃんは?」 「すまない。腰が抜けたようで、立ち上がれない」 「あらま! あ〜、でもあの状況で、捻挫で済んだらもうけもんかぁ〜。オッケー、今、助っ人呼んでくるから、待ってて!」  冬馬はコテージに、取って返した。  その後姿を見送りつつ、蔵人はなんとか体を起こして地面に座ったが。  ふと耳に、小さく笑う声が聞こえる。 「なんだ?」  笑う綺紗羅に、問う。 「いや、周防があんまり真っ黒になっているので、済まない」  声を上げて笑う綺紗羅に驚いてしまったが、しかし蔵人もだんだん面白くなってきてしまって、笑い出す。 「そんなこと言ったら、そっちだっていい加減真っ黒だぞ!」 「…そっちじゃない、キサラでいい」  綺紗羅がクスクス笑いながら言う。 「なら、こっちも名前でいい」 「そうか。では、今後はそうさせてもらう、蔵人」  蔵人は、これからはこの奇妙な隣人と、もう少し上手くやっていけそうだと感じていた。
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