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第2話 暗雲を解かした綾のような(3)
案内された部屋での荷解きもそこそこに、ルイフォンはレイウェンの書斎を訪れた。本当は、もう少し片付けてからのつもりであったのだが、気もそぞろな彼に、メイシアが「こっちは大丈夫だから」と送り出してくれたのだ。
「よく来てくれたね」
壁一面、本で埋め尽くされた部屋であった。ルイフォンの仕事部屋の壁も、専門書でぎっしりであるが、レイウェンの書斎は経営から服飾関係、武術にまで多岐に渡っている。
奥の机で書き物をしていたレイウェンは立ち上がり、手前のソファーへとルイフォンを誘った。ルイフォンが促されるままに腰を下ろすと、レイウェンは柔らかな所作で、音もなく向かいに座る。
その瞬間、ルイフォンの背筋が伸びた。
よく見慣れた生粋の鷹刀一族の顔貌に、鍛えられた大柄の体躯。――なのに、レイウェンのまとう雰囲気は穏やかで、微塵にも威圧がない。この顔の者は多かれ少なかれ高圧的で、自己主張が強いのが当たり前のルイフォンにとっては、非常に落ち着かない。
……人当たりがよいほうが、逆に居心地が悪いって、どういうことだよ?
自分自身に突っ込むが、内心の声は誰かに聞こえるわけもなく、相槌を打つ者も、茶々を入れる者もないままに、不自然な彼の息遣いだけが表に出された。
「それで、話ってなんだ?」
余計な考えを振り払うように、ルイフォンは自分から切り出す。
「父上が、摂政殿下の事情聴取に応じると聞いたよ。……総帥の祖父上でもなく、次期総帥となったリュイセンでもなくて、父上が行くのだと。そのあたりのことを――鷹刀の皆の様子を詳しく教えてほしいんだ」
ほんの少し眉を寄せつつ、レイウェンが静かに告げた。
「あ……。そうか、そうだよな」
ルイフォンは拍子抜けした。
改まって呼び出したからには、レイウェンのほうから何か重大な話でも持ちかけてくるのかと思っていたのだが、逆にレイウェンのほうが知りたがっていたとは……。
よく考えれば、一族から『絶縁』の扱いになっているレイウェンには、詳しい情報がいかないのだった。彼にしてみれば、現状は気がかりでならないのだろう。
「分かった」
ルイフォンは快諾し、昨日の会議の経緯を話し始めた。
「――なるほどね」
長い指を口元に添え、思案するようにレイウェンが呟いた。魅惑の声質は変わらぬものの、いつもの甘やかさに欠けている。
ルイフォンは不安を覚え、反射的に口走った。
「エルファンは無策で出掛けるわけじゃない。拒否できるものに、わざわざ応じる以上、そのほうが利点があると踏んだはずだ」
……ただ、その策が、会議の場で堂々と言えるほどの妙案ではないだけだ。
続けて言おうとした言葉を、ルイフォンは呑み込む。
唇を噛んだ彼に、レイウェンは柔らかな眼差しを向けた。けれど、その顔は苦笑しているようにも見え、ルイフォンはどきりとする。
見透かされているのだ。
イーレオとエルファンの判断を信じつつも、一抹の不安を拭いきれずにいるルイフォンの心の内を――。
レイウェンはルイフォンの顔を覗き込み、そっと語りかけるように口を開く。
「祖父上と父上は、摂政殿下に、なんらかの交渉を持ちかけようと考えているんだろうね」
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