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第2話 暗雲を解かした綾のような(5)
「君は〈猫〉――鷹刀の『対等な協力者』だ。私と同じく一族を抜けたけれど、縁を切ることを誓った私とは違って、正々堂々と、鷹刀に『協力』できる立場にある」
間違いないね? とばかりの、有無を言わせぬ強い視線に、ルイフォンは気圧されたように頷く。
「君は、事情聴取に関して、こんなにも気にしているくせに、どうして『協力』を申し出ないんだい?」
「……え?」
「ハオリュウさんが摂政殿下の会食に臨んだときは、君は彼の服にカメラやマイクを仕込んで送り出した。でも、今の君は、ただ事態を憂いているだけだ」
「!」
虚を衝かれた。
レイウェンの言う通りだった。
家宅捜索に備え、屋敷の守りは固めてきた。けれど、事情聴取については、ルイフォンは何も関与していない。まったく彼らしくない。
何故、こうなった――?
ルイフォンは、こめかみから髪を掻き上げるように指先を滑らせ、ぐっと頭を抱え込む。
『〈猫〉および、そのパートナーの気遣い、感謝する。――だが、危険は承知の上だ』
『すまないが、お前たちは、この件から手を引いてくれ』
イーレオの魅惑の低音が、ルイフォンの耳に蘇った。
「…………」
『〈猫〉および、そのパートナー』と呼びかけられた。
譲れぬことだと、拒絶された。
だから、後ろ髪を引かれながらも、イーレオとエルファンを信じた――。
「俺たちは距離を置かれたんだ。それで俺は、鷹刀のことには口出ししないと言って……」
あの会議の苦さを思い出し、ルイフォンの声は尻つぼみに消えていく。
「それは、事情聴取に応じるという、鷹刀の『方針』に、一族ではない〈猫〉が反対したからだろう?」
「え?」
「祖父上たちは危険を承知しながらも、好機と思って既に決断していたから、〈猫〉の警告を拒んだ。そして、〈猫〉の気遣いを跳ねのけた以上、鷹刀の側からは協力を要請するなんて、そんな虫のよいことはできない。――けど……」
レイウェンが次の句を言いかけたとき、ルイフォンは「あ!」と大声を張り上げた。
「気づいたかい?」
「ああ。エルファンが事情聴取に行く『方針』は決定項と認めた上で、〈猫〉がカメラとかの『協力』を申し出る分には構わない、ってことか!」
「そういうことだよ」
瞳を輝かせたルイフォンに、レイウェンが口の端を上げる。
鬱々としていた目の前が、ぱぁっと晴れていくのを感じた。微妙に屁理屈が混じっているような気がしないでもないが、細かいことは気にしてはいけないのだ。
「ルイフォン」
囁くようでありながらも、力強い低音が響いた。
「君は、魔術師だ。君にしかできないことがあるはずだ」
「ああ。ハオリュウのときみたいにして――」
「そうだけど、それだけじゃないよ。――きっと」
勢い込んだルイフォンを、レイウェンは遮る。声色だけは柔らかく、けれど鋭く。
「どういう意味だ?」
ルイフォンは、きょとんと首をかしげた。
「魔術師は、遠隔からの支援が得意だろう? ならば、弱い手札で摂政殿下に挑もうとしている父上を、背後から援護することができるはずだ」
「――って、言われても……、……どうしろと……?」
あまりにも突拍子もない話――しかも、『できる』と断言されてしまい、ルイフォンは途方に暮れたように言葉を返す。
その困惑ぶりが可笑しかったのだろう。レイウェンは愛しげに目を細めた。
「まずは父上と連絡をとって、何を交渉材料にするつもりなのか訊いてごらん。――リュイセンと一緒にね」
「リュイセンと?」
「次期総帥が、鷹刀の命運を賭けた作戦の詳細を知らずにいるのは、さすがにまずいよ。だからといって、リュイセンが父上に代わって交渉に赴くのは、勿論、勧められないけどね」
レイウェンが肩をすくめて苦笑する。けれど、その顔は優しさであふれていた。
「兄貴……なんだな」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
後継者の地位を捨て、一族を離れても、レイウェンは弟を見守り続けている。
ルイフォンの言葉の意味合いは、明敏なレイウェンには正しく伝わったはずだ。けれど、彼は甘やかにとろけるような笑顔を浮かべ、こう告げた。
「そうだよ。『俺』は『君たちの兄貴』だからね」
「……!」
「一族を抜けた俺は、表立っては何もできない。けど、いつだって君たちと共に在る」
玲瓏と響く、揺るぎのない声。
大丈夫だ――と、異母弟を包み込む。
摂政が動き出し、鷹刀一族は、かつてないほどの緊迫した空気に包まれた。誰も彼もが神経を張り詰め、余裕がなかったように思う。
ルイフォンもまた、曖昧模糊とした不安に、無意味に脅えていた。
けれど、『兄』が肩を叩き、道を示してくれた。
まっすぐなレイウェンの瞳に惹き込まれ、魅入られ、ルイフォンは不覚にも胸が熱くなる。
「兄貴!」
腹に力を入れて呼び掛けると、『兄』は刹那の驚愕ののちに、破顔した。
「ありがとな。これからリュイセンに電話する。そのあと、遠隔から作戦会議だ。――摂政なんかの好きにはさせない!」
猫の目を好戦的に煌めかせ、ルイフォンは宣言する。
「ああ、頑張れ」
柔らかな眼差しに見送られ、ルイフォンは一本に編まれた髪を翻す。毛先を留める金の鈴が、輝くような軌跡を残し、レイウェンの書斎をあとにした。
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