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第3話 表裏一体の末裔たち(2)
「お前たちが、我が鷹刀に嫌疑の目を向けたのは、『国宝級の科学者』が拉致される際に、鷹刀の者の顔を見たからだと聞いた。相違ないな?」
手前にいた若い隊員の目を見て問えば、彼はまるで壊れた機械人形のように声をきしませながら、「そうです」と答えた。
「ほう。拉致の現場を目撃しておきながら阻止しないとは、近衛隊とは不思議な組織だな」
小馬鹿にした口調で、エルファンは低く喉を鳴らす。
若い隊員は目を吊り上げ、しかし、唇を噛んで押し黙った。他の隊員たちも同様である。
『拉致の際に顔を見た』というのは、鷹刀一族に難癖をつけるために、摂政がでっち上げた嘘である。故に、それをとやかく言われるのは、近衛隊としては謂れのない不名誉だ。
隊員たちの心の内では、エルファンに対する苛立ちが渦を巻いていることだろう。だが、挑発には乗るまいと無視を決め込む姿勢は、さすが近衛隊というべきか。
エルファンは、苦笑と冷笑のどちらで応えるべきかと悩み、結論として失笑を漏らした。
気骨を感じたのが半分。あとの半分は、愚鈍という評価からだ。
彼は、天井の隅をちらりと見やる。
監視カメラの向こうにいる摂政は、凶賊に侮辱されたまま口をつぐみ、完全に主導権を握られた不甲斐ない部下たちに失望していることだろう。
近衛隊なら立場を誇示し、高圧的に出るべきなのだ。凶賊と『付き合い』の深い警察隊なら、問答無用で拳を振るっていたことだろう。あの緋扇シュアンなら、威嚇射撃くらいはしていたかもしれない。だが、お上品な近衛隊の腰の拳銃は、ただの飾りであるらしい。
こんな雑魚では、私の相手は務まらぬ。
エルファンの眼差しが、冷ややかに摂政に告げる。
「すまんな。私は、お前たちの失態に興味があったわけではないのだ。――ただ、鷹刀の者の顔を見たという話が気になってな」
口では謝りながらも、エルファンの態度は言葉を裏切っていた。事実上の囚われの身であるはずの凶賊に睥睨され、近衛隊員たちは無意識に身構える。
「知っての通り、我が血族は皆、ひと目で『鷹刀』と分かる容姿をしている。とある事情により、極端な近親婚を繰り返してきたためだ。お前たちが『鷹刀』を目撃したというのなら、それは見間違いなどではないだろう」
近衛隊員たちは、あからさまに狼狽した。まさか、目撃情報を肯定するとは思わなかったのだろう。
予想通りの反応を示した彼らに、エルファンは、鷹刀の血を凝縮したような魔性の美貌を閃かせる。
「――逆に言えばな。それはつまり、同じ顔立ちをした我が血族の、ひとりひとりを区別することは難しいということだ」
感情の読めない低音が、近衛隊員たちに、ぞくりと迫った。
「何が言いたいのですか?」
高位の隊員が口を開く。それは、彼自身の質問なのか、それとも摂政からの指示なのか。どちらにせよ、些末な問題だ。
「お前たちの探している『国宝級の科学者』とは、〈蝿〉の名で呼ばれる男ではないか?」
不意を衝くように、〈蝿〉の名を口にした。
近衛隊員たちの表情に、微妙な惑いが生まれた。どう答えるのが正解なのか、判断に迷ったのだ。
エルファンは、すかさず、「やはり」と呟く。
「王族が躍起になって探すような『国宝級の科学者』など、そうそういるものではないからな。――〈蝿〉ならば、よく知っている。彼の本名は、鷹刀ヘイシャオ。私の従弟で、私とは双子のようにそっくり……一瞥した程度では、区別がつかぬほどにな」
そこまで一気に言い切ると、エルファンは、これみよがしに大きな溜め息をついた。
「これで分かっただろう? お前たちが見たという鷹刀の人間は、拉致の犯人ではなく、『国宝級の科学者』本人だ。何か気に入らないことでもあって、その庭園から逃げ出しただけだろう」
「随分と、ご都合の良い解釈をなさいますね」
イヤホンからの指示があったのだろう。硬い面持ちとは裏腹に、高位の隊員が高飛車な物言いをした。
「ほう。都合が良い、とな?」
うまく話に乗ってきたなと、ほくそ笑み、エルファンは顎をしゃくって先を促す。
「百歩譲って、もし、〈蝿〉が自ら逃げたのだとしても、外部から手引きをした者がいるのは明らかなのですよ。それが、鷹刀の人間でないという保証がどこにあるのですか? 身内であれば、なおのこと疑わしいというものですよ」
落ち着いた風格の台詞でありながら、どことなく棒読みなのは、イヤホンから流れてきた文言をそのまま唱えているためだろう。
エルファンは、懸命に嗤いを堪えた。
虚構と分かりきっている拉致やら目撃やらについて論ずるのは、極めて馬鹿馬鹿しい。しかし、この茶番を乗り越えなければ、摂政との対面は叶わぬのだから仕方ない。
あと少しくらいは付き合ってやるかと、もっともらしい、しかめ面で言を継ぐ。
「ヘイシャオは、とうの昔に一族を抜けている。そんな者に、鷹刀は手を貸したりなどしない。何しろ、奴は『血族を苦しめ続けた組織』の一員として生きる道を選んだのだからな」
「…………、口先では、なんとでも言えましょう?」
返された声は先ほどの隊員のものだが、ひと呼吸ほど遅れているあたり、やはり摂政の代弁であろう。
期待通り、摂政は、〈蝿〉という話題をお気に召したようだ。
彼は、鷹刀一族が〈蝿〉を――そして『ライシェン』を拉致、あるいは保護したものと疑っているのだから、気になって当然だろう。
事実、『ライシェン』は鷹刀一族の屋敷にいる。ならば、摂政の左右の眼のうちの片方くらいは、慧眼と褒めてやってもよいかもしれない。
そろそろ攻勢に出ても良い頃合いかと、エルファンは氷の微笑を浮かべた。
「ふむ。『血族を苦しめ続けた組織』などという、遠回しな言い方では伝わらぬようだな。――ならば、『王の私設研究機関である〈七つの大罪〉』と、きちんと名称を挙げることにしよう」
毒を含んだ低音が、部屋に溶けた瞬間。
近衛隊員たちの息遣いが乱れた。彼らの間に、緊張をはらんだ空気が流れる。
果たして彼らは、『闇の研究組織〈七つの大罪〉』が、『王の私設研究機関』であることを知っていたのか否か……。
エルファンにとっては、どちらでもよい――正しくは、どうでもよかった。何故なら、彼の眼中には、近衛隊の姿などないからだ。
凍れる瞳が監視カメラを捕らえ、摂政へと直接、語りかける。
「我が鷹刀は、〈七つの大罪〉への恨み――ひいては、神殿と王族を中心とした『この国の在り方』への恨みを決して忘れない」
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