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第3話 表裏一体の末裔たち(3)
深い憎悪に、室温は氷点下となり、近衛隊員たちが困惑の表情を浮かべたまま凍りつく。
エルファンは、そんな彼らの様子など気にも留めず、ゆっくりと立ち上がった。
そして、酷薄な唇を開き、玲瓏たる声を響かせる。
「『盲目』で、『先天性白皮症』の、代々の王を守るため」
一歩、足を踏み出す。
天井に向かい、彼は挑発的に口の端を上げる。
「『他者の脳から、情報を奪う』、彼らの能力を支えるため」
顎をしゃくる。
その動きに併せ、白髪混じりの黒髪が蠢き、魔性の微笑みが広がる。
「我が鷹刀は、『〈冥王〉の〈贄〉』として、血族を捧げてきた」
悠久の怨嗟を帯びた、低い声が轟く。
口上の中に、さらりと紛れ込ませた言葉は――王族の『秘密』。
ただならぬ妖気のようなものが漂い、近衛隊員たちの口から、引きつった悲鳴が漏れた。
エルファンから愚鈍との評価を受けた彼らだが、近衛隊にいるくらいなのだから、決して馬鹿ではないのだ。自分たちが『聞いてはならぬ『秘密』を聞いてしまった』ことをはっきりと認識していた。
青ざめた近衛隊員を前に、エルファンは告げる。
「〈贄〉の代償として、我が鷹刀は、王国の闇を支配する『もうひとつの王家』となった。『表』の王家と対となる、『裏』の王家だ。……古き時代に、王と鷹刀の総帥との間で、そのような盟約が交わされている」
神話の時代から現代まで、血と怨念を煮詰め続けてきた鷹刀一族の末裔は、壮絶に美しい魅惑の微笑を浮かべ、悠然と部屋を見渡した。
可哀想なほどに脅えきった近衛隊員たちは、微動だにしない。
天井の隅に視線を移し、エルファンは口の端を上げる。無機質な監視カメラの向こうに、摂政の姿が見えた。
会議のときにメイシアが言った通り、ただ『気に入らない』という理由だけで、王族や貴族は、平民や自由民を斬首できる。それだけの身分差がある。
しかも、エルファンは凶賊だ。
事情聴取に応じれば、拷問にかけて、〈蝿〉と『ライシェン』の居場所を吐かせようとするのが当然の流れとなるだろう。
だから、エルファンは、近衛隊員たちが行動に移る前に、素早く主導権を握った。そして、鷹刀一族は、この国の古き歴史を知る『もうひとつの王家』であるという『身分』を誇称した。
勿論、黴の生えたような古い盟約に、摂政が価値を見出すはずもない。
故に、〈蝿〉が命と引換えに明かしてくれた王族の『秘密』を、あたかも代々語り継いできたものであるかのように見せかけ、『秘密』を知る鷹刀一族を蔑ろにしてよいのかと、脅しをかけたのだ。
これが、エルファンの用意した『手札』だった。
この策は、近衛隊の前で王族の『秘密』を口にすることになるため、〈悪魔〉であったイーレオには使えない。また、血族が〈贄〉として虐げられていた時代を知らぬリュイセンでは、歴史を語る言葉に重みが出ない。
よって、これは、エルファンだけが使える切り札である。
しかし、これではまだ足りぬ。
圧倒的な『強さ』を示す必要がある。摂政が、鷹刀一族を忌避したくなるようにするために。
すべては、これからの交渉次第――。
「そして、三十年前――」
エルファンは、闇の王家の者にふさわしい、ぞわりとした笑みを浮かべた。
「我が父イーレオは、先王シルフェンと誼を結び、鷹刀の〈贄〉は、王と同じくクローンで充分であると認めさせた」
ゆったりとした靴音で歩きながら、エルファンは言葉を続ける。
「父は、最後の〈贄〉となった者の細胞を、未来永劫、複製し続ける技術を編み出した。それを以って、この先は互いに干渉しないと、先王シルフェンと約束を交わし、縁を断った。――だが此度、鷹刀は謂れのない罪で、家宅捜索を受けている。王家は不文律を犯したと、我らは判断した」
エルファンは、高位の近衛隊員に近づいた。
反射的に後ずさった相手の腕を取り、軽くひねりながら引き寄せると、彼の耳からイヤホンを奪う。
自分の耳にイヤホンをねじ込みながら、エルファンは再び口を開いた。
「この件について、話をしたい。直接、ふたりきりで――な」
『なるほど。……だから、素直に事情聴取に応じたわけですね。王族の『秘密』を外部に漏らされたくなければ、鷹刀一族から手を引けと――脅迫に来た』
わずかな雑音と共に聞こえてきた声は、意外なほどに落ち着き払っており、それどころか、雅やかな笑みをまとっていた。
これが、摂政カイウォル――。
ひと筋縄ではいかなそうだなと、エルファンは口角を上げる。
「まぁ、そんなところだが、詳しくは直接だ」
『よいでしょう。そちらに案内の者を遣ります』
随分と、あっさりした返事だった。
非常事態には、イヤホンの指示がなくとも、近衛隊はエルファンに襲いかかるよう命じられている――という可能性を考え、動きが取りやすいように椅子から立ち上がっていたのだが、拍子抜けだった。勿論、四人程度なら、丸腰でも一瞬で返り討ちにする自信はあった。
もっとも、この腑抜けでは役に立たぬか。
銅像のように立ち尽くしたまま、何もできずにいる近衛隊員たちを一瞥し、エルファンは嘆息する。
だから、ほんの少し、遊び心を出して摂政に尋ねてみた。
「ここにいる近衛隊員たちは、王族の『秘密』を聞いてしまったようだ。口封じに殺しておいたほうがよいか?」
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