第3話 表裏一体の末裔たち(4)

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第3話 表裏一体の末裔たち(4)

 エルファンは、摂政の(つか)いに案内され、エレベーターで上階へと向かっていた。  地下の近衛隊員たちのことは、勿論、殺していない。  彼らが王族(フェイラ)の『秘密』を知ったところで、鷹刀一族には、なんの不利益もないのだ。無用な殺生はすべきではないだろう。『秘密』の漏洩で困るのは、王族(フェイラ)である。せいぜい、摂政が頭を悩ませればよいことだ。  だから、すぐに『冗談だ』と告げて、低く嗤った。  しかし、近衛隊員たちは無様(ぶざま)なほどに震え上がり、一番若い隊員などすっかり腰を抜かしていた。摂政はといえば『恩を売りつけられたのかと思いましたよ』と、雅やかに返してきた。一考の余地はありましたのに、と暗に含ませた、惜しむような声色であった。  ……エルファンの遊び心は、どうやら、誰にも理解してもらえなかったようである。  やがて、エレベーターが止まり、緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた廊下に降りた。  貴人の棲み家など、どこも似たようなものなのかもしれないが、なんとなく〈(ムスカ)〉が潜伏していた、あの菖蒲の館に似ている。そんなことを思いながら、(つか)いの背を追っていくと、連れて行かれた場所は、金箔で縁取られた白塗りの扉の前であった。  既視感のある装飾に、エルファンは嗤笑する。  その声に、(つか)いの者が何ごとかと顔を強張らせつつ、「こちらです」と告げた。 「案内、ご苦労だったな」  軽く礼を述べると、エルファンは漆黒の長い裾をはためかせる。そして、(つか)いが取っ手に手を掛けるよりも先に、自ら扉を開いた。  足を踏み入れた瞬間、純白の世界が広がった。  部屋を覆う白壁は、高い天井から燦然と降り注ぐシャンデリアの光によって、より一層、(しろ)く輝く。複雑な綾模様を描く、毛足の長い絨毯は、織り込まれた金糸によって、時折、光の筋が走っていくかのように煌めいた。  目に映るものすべてが白く、エルファンは遠近感を失いそうになる。天上の国にでも迷い込んでしまったのかと錯覚しそうな、この部屋の名を、彼は最近、覚えたばかりであった。 「『天空の間』――か」  魔性の美貌を閃かせ、静かに(ひと)()つ。  菖蒲の館で〈(ムスカ)〉が王族(フェイラ)の『秘密』を告げた部屋も、『天空の間』であった。 『神に祈りを捧げ、神と対話するための部屋』であるのだと、もと貴族(シャトーア)のメイシアが説明してくれた。貴族(シャトーア)王族(フェイラ)なら、自分の屋敷に、ひと部屋は作るのだとか。  それを踏まえ、〈(ムスカ)〉は『神との密談の場』だと揶揄した。『〈七つの大罪〉の頂点に立つ〈()〉は、防音のよく効いた天空の間で〈悪魔〉たちと会っていた』――と。  地下牢獄から、天上の国に河岸(かし)を変えるとは、摂政も、また随分と極端なもてなしをするものだと、扉の前では思わず嗤いがこみ上げた。しかし、『表』と『裏』の王家の者の対面(密談)の場として考えれば、存外ふさわしいのやもしれぬ、などとエルファンは思い直す。 「おや、『天空の間』をご存知でしたか」  奥のほうから、ゆったりとした雅やかな声が流れてきた。鷹刀一族の持つ、魅惑の低音とは声質が異なるが、人を惹きつけてやまない、蠱惑の旋律である。  金の縁取りで装飾された純白のソファーに、ひとりの貴人が腰掛けていた。部屋に溶け込むような、金刺繍の施された白い略装姿だが、髪と瞳は闇に沈むように黒い。 『太陽を中心に星々が引き合い、銀河を形作るように。カイウォル殿下を軸に人々が寄り合い、世界が回る』――そんな言葉で語られる、摂政カイウォル、その人である。  年の頃は、長男のレイウェンと同じくらいか。エルファンにとっては、まだまだ若造であるが、盛りを過ぎた我が身を鑑みれば、油断ならない相手ともいえる。  繊細で美麗な容姿に、冷静で明晰な頭脳。加えて、見る者に強烈な畏敬の念を(いだ)かせる、不可思議な魅力。  天に二物も、三物も与えられた王兄は、王族(フェイラ)という選民意識の強さが鼻につくが、為政者としては先王よりも、よほど有能であると、貴族(シャトーア)の藤咲家当主ハオリュウも認めるほどだ。  しかし、唯一、〈神の御子〉の外見を持たないがゆえに、彼には王位継承権がない。  エルファンは黙って奥に進んだ。  カイウォルにしても、特に言葉はない。  既に名も素性も承知している以上、互いに挨拶など必要ないと判断したのだ。このあたり、ふたりは似た者同士であるのかもしれなかった。――ただし、同族嫌悪となるであろうが。 「かつて『鷹の一族』と呼ばれた一族の話を思い出しましたよ」  部下の近衛隊員たちの愚から、先手を取ることの重要性を学んだのだろうか。  エルファンが向かいのソファーに座るや否や、カイウォルが口火を切った。柔らかな語り口であるが、黒い瞳は蔑むような色合いを帯びている。 「ほう」  エルファンは胡乱げに片眉を上げた。 「王家とは縁故ある一族です。何しろ、この国の創世神話に(うた)われし、古き一族なのですから」  カイウォルは自分の口元に指先を当て、雅やかにくすりと笑う。そして、おもむろに、創世神話を()み上げた。
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