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第3話 表裏一体の末裔たち(6)
正面から向き合えば、大柄な鷹刀一族の直系であるエルファンと比べ、カイウォルは頭ひとつ分とまではいわないものの、明らかに目線が低い。しかも、親子ほどにも年齢に開きがある。
しかし、命じる者の口調だった。
「先ほど、あなたは地下で『王族の『秘密』を外部に漏らされたくなければ、鷹刀一族から手を引けと、警告に来た』と言いましたね」
それを言ったのはカイウォルだ。エルファンは否定はしていないが、肯定もしていない。だが、混ぜ返したところで、話が滞るだけなので曖昧に頷いた。
「口外して構いませんよ」
雅やかな微笑を浮かべ、カイウォルは断言した。
「王族の『秘密』など、好きに広めるがよいでしょう。凶賊の言うことなど誰も信じやしません。信じたところで、『人の心が読める』となれば、それはそれで王の神性が高まるというものです。王家としては、何も困ることはありません」
蠱惑の旋律が、柔らかに告げる。澄ました美貌は、むしろ優しげで、彼の言葉をきちんと聞いていなければ、交友を深めたいと言われたのかと勘違いしそうだ。
そう来たか――と、エルファンは無表情に受け止めた。
実のところ、王族の『秘密』をちらつかせたところで、まるきり相手にされない可能性は充分に考えていた。だが、ふたりきりでの対面に応じたので、少しは効果があったのかと期待していたのだ。
「ふむ。では、王が先天性白皮症だの、クローンだのと言われても構わぬと」
王の神性を穢す話題なら、貧しい平民や自由民たちが好むだろうと匂わせ、嘲りを含んだ口調で探りを入れる。
「そのようなことを吹聴すれば、不敬罪だと咎められ、窮地に陥るのは鷹刀一族のほうですよ。この国を治める、王家の力を侮らないでいただきたいですね」
カイウォルは澄ました顔で答え、ゆったりとした声で続けた。
「王家と鷹刀一族には、不干渉の約束があるとのことですが、それは、先王陛下による個人的な約束です。現在の王家とは、なんの関係もありません。そもそも、それは〈贄〉についてのみの約束でしょう?」
「勝手なことをぬかすな」
エルファンは不快げに顔をしかめるが、それはあくまでも演技である。
カイウォルの弁は、まったくもってその通りなのだ。『王家は、不干渉の不文律を犯した』などと、エルファンは地下で憤慨してみせたが、あれは単に、カイウォルと直接、話をつける場を設けるための、いわば言いがかりだった。
なので、対面の叶った今となっては流してよい話なのだが、王族のカイウォルにしてみれば、凶賊如きに非難され、気分を害していたらしい。捨て置くことはできなかったようだ。
「先王陛下と鷹刀イーレオの関係が特別だっただけです。――王位を継ぐためだけに作られたクローンである先王は、周りからの愛情に恵まれませんでした。そんな彼の孤独を埋めるように、イーレオは教育係として近づき、歓心を得て、鷹刀一族に肩入れさせただけです」
すげない物言いに、エルファンは苦笑した。
カイウォルにとって、先王とは父親だ。冷淡な態度から察するに、不仲であったという噂は本当らしい。〈神の御子〉として生まれることができなかったカイウォルには、〈神の御子〉であるからこそ生を享けたクローンの父王は受け容れがたいものということか。
とはいえ、そもそも『人の心が読める』能力を持った相手と、仲良くやれるほうが奇特なのかもしれない。そう考えると、イーレオは偉大といえるのだが、あの父ならば、さもありなんと、エルファンは思った。
ともかく。
父親同士が不干渉の約束を交わしたのと同じように、エルファンとカイウォルの間で、不干渉の約束を取りつける。
もっとも、カイウォルの性格では、不干渉の『約束』は不可能であろう。
だから、『牽制』なり『脅迫』なりで、カイウォルを黙らせる。――これが、エルファンに課せられた命題であり、事情聴取に応じた目的だった。
真の『交渉』は、これからだ。
エルファンは不敵な笑みを浮かべ、しかし……と、カイウォルを見やり、首をかしげた。
この天空の間は、密室だ。
隠しカメラはあるかもしれないが、人が隠れている気配はない。武の達人であるエルファンがその気になれば、カイウォルの命など一瞬で奪える。
防音のきいた部屋で、凶賊とふたりきり。一国の摂政の行動としては、あまりにも不用心ではないだろうか。
何故だ?
部屋に案内されたときは、王族の『秘密』を外部に漏らさぬためだと考えた。しかし、カイウォルは『秘密』が知られても構わぬと言う。
エルファンが本能的な危険を感じたとき、カイウォルの蠱惑の声が響いた。
「あなたからの話は、もうよいでしょう。――そろそろ、私の話をさせてください」
人を惹き寄せてやまない微笑が、エルファンを強引に捕らえる。
「あなたもご存知の通り、私は〈蝿〉の名で呼ばれる、〈七つの大罪〉の〈悪魔〉の行方を探しております。ですが、実はもうひとり、探している〈悪魔〉がいるのです」
カイウォルの言葉を聞いた瞬間、エルファンの脳裏に『セレイエ』の名が浮かんだ。
心臓が、どきりと跳ねる。
握りしめた掌の中で、汗がにじむ。
しかし、常からの無表情は伊達ではなく、エルファンの氷の美貌は揺るがなかった。何食わぬ顔で「ほう」と相槌を打つ。
案の定、カイウォルの次の台詞は、予想通りのものであった。
「〈蛇〉の名で呼ばれる〈悪魔〉。――あなたの娘である、鷹刀セレイエを探しています」
カイウォルは、鷹刀一族がセレイエを匿っていると疑っている。今までは、表立って探している素振りを見せなかったが、身内であるエルファンとの対面を好機と捉え、直接、尋ねることで探りを入れる策に出たのだろう。
「セレイエは、確かに私の娘だが、〈七つの大罪〉に加わった時点で絶縁している。――鷹刀にとって、〈七つの大罪〉は仇のようなものだからな。もう十年近く、消息を知らん」
「そうですか。もしや、実家に身を寄せていたら、と思ったのですが……」
わずかに眉を寄せ、カイウォルは深い溜め息をつく。憂いを帯びたような顔に、エルファンは胸騒ぎを覚えた。
「すまぬな」
セレイエの話題を切り上げようと、エルファンは短く発する。しかし、カイウォルは被せるように告げた。
「鷹刀セレイエは、〈神の御子〉の男子を産みました」
「!」
エルファンは息を呑んだ。
その事実を、まさかカイウォルのほうから明かしてくるとは、想像もしていなかった。
「名前は、ライシェン。現女王を退け、玉座に就くべき真の王です。――なのに、彼女は子供を連れて、王宮から姿を消しました。子供を奪われると思ったのでしょうね」
最後のひとことは、セレイエを思いやるような優しい響きをしており、軽く伏せられた瞼に、やるせなさを感じる睫毛が並ぶ。カイウォルをよく知らない人間には、まるきりの善人にしか見えない振る舞いだった。
エルファンには、カイウォルの意図が分からなかった。
だが、この対面の場に、密室を選んだことだけは納得した。『ライシェン』は、外部に漏れてはならない存在だ。
「この件は、勿論、国家の機密事項ですが、他でもない、あなたの娘のことなので、お話しいたしました。――しかし……」
ゆるりと。カイウォルの顎がしゃくり上げられた。
雅やかでありながらも禍々しく、この国に君臨する貴人は嗤う。
「あまり、驚かれていませんね。――そうですか。既に、ライシェンのことを、ご存知だったのですね」
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