第3話 表裏一体の末裔たち(9)

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第3話 表裏一体の末裔たち(9)

 名を呼び捨てられたカイウォルは、抗議のために口を開きかけ、しかし無言のまま、途中で凍りついた。エルファンの放つ魔性に、呑まれたのだ。 「私は言ったはずだ。――鷹刀は王家と(つい)を成す、『裏』の王家だと」  エルファンは、カイウォルを睥睨するようにソファーの背に体を預けた。カイウォルの視線を意識しながら、ゆっくりと足を組み、厳かに言を継ぐ。 「だのに現在、(つい)である『表』の王家に、(いわ)れもなく家宅捜索を受けている。まるで罪人のような扱いで、辱められているのだ」  憤怒の眼光が、ぎろりと放たれた。カイウォルの喉が脅えたように嚥下する。 「我らは軽んじられたことに、憤りを覚えている。――お前は先ほど、自分に無礼を働いた罪を償えと言ったが、お前こそ、我らへの無礼をどう償うつもりだ?」 「……な、……何を言って……」  カイウォルは、自分の声がかすれていることに気づき、慌てて咳払いをした。そして、改めて言い直す。 「鷹刀一族は、もとより罪人の一族。王家とは、まったく異なります。(つい)だなんて、もってのほかです」  エルファンは、低く嗤った。カイウォルの言うことなど、お見通し――否、これは『罪人』という言葉で誘導し、『言わせた』台詞だ。 「鷹刀が罪人なら、共に(いにしえ)の王朝を(たお)した王族(フェイラ)も罪人だと、先ほど言ったろう? それでも、王族(フェイラ)が崇められていたのは、今となっては『秘密』とされている『記憶を読み取る』能力を用いて『神の代理人』を(かた)り、民を従わせたからだ」  そこで、エルファンは、ぐっと口の端を上げた。 「つまり、現在。お前のような『記憶を読み取る』能力を持たぬ、名ばかりの王族(フェイラ)が権力を振りかざせるのは、遠い先祖のおこぼれに過ぎない。どんなに偉ぶったところで、『表』の王家の力など、形骸化した過去の遺物だ」  鼻を鳴らし、小馬鹿にした仕草で肩をすくめる。 「……ぶ、無礼な……!」 「それに対し、我が鷹刀は、きちんと根拠を持って『裏』の王家を名乗れる。――それは、我らが昔も今も変わらず、『王国の闇を統べる一族』だからだ」  エルファンは、組んだ足を解きながら身を乗り出した。  氷の瞳を閃かせ、意味ありげに「すなわち――」と、カイウォルを見やる。カイウォルの顔は緊張を帯び、凍りついた空気でも吸い込んだかのように、自分の身を掻き(いだ)いた。  エルファンは魅惑の低音を響かせる。 「『〈七つの大罪〉の技術』という王国の暗部は、昔も今も、我が鷹刀の掌中にある――ということだ」  これが、エルファンの最大の交渉材料(切り札)。  ――……ただし、大嘘(ハッタリ)である。 「嘘です……!」  カイウォルの口から呟かれた言葉は、明らかに反射的なものであった。だから、たとえ正解(その通り)であったとしても、エルファンが動じることはない。  何故なら、親友ヘイシャオの記憶を受け継いだ〈(ムスカ)〉が、カイウォルの弱点として、記憶媒体に遺してくれたのだ。 『主に、王宮での政務に携わってきた摂政は、神殿や神殿の管轄である〈七つの大罪〉についての知識は皆無です。そもそも、王宮と神殿は、どちらも『王』を頂点としているものの、組織としては完全に別物なのです。  そして、摂政は、〈七つの大罪〉の技術を不可思議なものとして、恐れている(ふし)があります。特に、鷹刀セレイエの〈天使〉の力を警戒しているようでした』  つまり、『鷹刀一族は、〈七つの大罪〉の技術を自在に扱える』と宣言すれば、カイウォルは鷹刀一族を軽視できなくなる――。 「可笑(おか)しなことを……! 〈七つの大罪〉の技術は、門外不出のものです。『契約』に縛られていない、鷹刀一族に漏洩しているはずがありません」  声を震わせるカイウォルに、エルファンは傲然と嗤う。 「何を言っている? 我らは王族(フェイラ)の『秘密』を知っていただろう?」 「――っ!」 「鷹刀は、血族を〈(にえ)〉として捧げていた一族ゆえ、否が応でも、〈七つの大罪〉と懇意にしていたのだ。技術が伝わるのは必然だ。――そして、〈七つの大罪〉と縁を切った今も、その技術は受け継がれ、鷹刀に残っている」  エルファンは朗々たる声を張り上げ、大真面目な顔で嘘を吐く。  そして、声を失ったカイウォルの耳に、揺さぶりの言葉を重ねていく。 「一方、『表』の王家のほうは、先王の死があまりにも急だったために、幼かった女王には〈七つの大罪〉の指揮権が受け継がれなかったのだろう? 〈悪魔〉たちが神殿に出入りしている気配もないし、組織として瓦解したように見える。――すなわち、今となっては、鷹刀が〈七つの大罪〉の技術を継承する、唯一の組織ということになるな」  カイウォルの顔から、血の気が引いた。  ことの重大さを理解したのだ。今まで粗野な凶賊(ダリジィン)戯言(たわごと)と捉えていた、『裏』の王家という名称が、実は正鵠を射たものであったのだと。  それでも、カイウォルは毅然と前を向いた。 「……あり得ません……!」  ぎりりという歯噛みの音が聞こえそうなほどに、口元が歪められる。  顔色を失いながらも肩を(いか)らせ、美麗な眉を吊り上げた。 「そんな妄言を信じるほど、私が愚物に見えるのですか? 口先でなら、どうとでも言えましょう」  蠱惑の旋律も高らかに、ぴしゃりと言い放つ。  カイウォルは屈せず、惑いながらも、自分の道を迷わない。  さすが、一国の摂政を務める男だ。若造だと舐めて掛かっていたら、こちらがやり込められていたかもしれない――。  そんな思いは表に出さず、エルファンは「信じられぬか。なるほど、それもそうだな」と、涼しい顔で頷いた。  それから、すっと右手を上げる。
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