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第3話 表裏一体の末裔たち(10)
ぱちん。
長い指が弾かれた。小気味のよい音が鳴り響く。
「何をしたのですか?」
緊張をはらんだ声で、カイウォルが尋ねる。
「〈冥王〉に合図を送った。――神殿に確認してみろ」
薄笑いで告げるエルファンに、素直に従うのは癪だと思ったのだろう。カイウォルは不快感もあらわに、眉をひそめる。
しかし、カイウォルが動かなくとも、彼の携帯端末が懐で振動を始めた。どうやら、神殿に務める者たちは、問題を隠蔽するような不心得者ではなく、勤勉な小心者だったらしい。
さすがのカイウォルも、呼び出しを無視することはなかった。それどころか、動揺を見せまいとしながらも、明らかに焦りを感じる手つきで通話に出た。
「なっ……!? 光明の間の『神の光』が……激しく明滅している――!?」
『〈冥王〉』の名称は極秘であるらしい。『神の光』という言い方で、カイウォルが叫ぶ。
すかさず、エルファンは口を開いた。
「我が同胞を喰らい続けた〈冥王〉だ。我らと縁が深くても、不思議はなかろう?」
冷淡な魅惑の低音が、カイウォルに氷水を浴びせる。
『エルファンの合図で、〈冥王〉に異変が起きた』
これは、事実だ。
いくらカイウォルでも、自分の目の前で起きた現象を否定することはできない。
鷹刀一族が〈冥王〉と――〈七つの大罪〉の技術と繋がりがあることを認めざるを得ない。――たとえ、何が起きたのかは分からなくとも……。
カイウォルは、呆然と虚空を見つめたまま。携帯端末を取り落しても、気づく素振りもない。
「しばらくすれば収まる。――今の光は、な」
含みのある響きで、エルファンが声を落とす。
――勿論、ただの脅しだ。
鷹刀一族が〈冥王〉を制御できるわけではない。
絡繰りとしては、実に単純なものだ。
神殿務めの者たちは、大概において皆、天空神フェイレンの敬虔なる信者である。神を崇める彼らが、光明の間で常ならざる光を見れば、『神の光』――〈冥王〉が荒れ狂い、散り乱れたように感じるであろう。
しかし、本当は〈冥王〉を収めた『部屋』の照明設備が暴走しただけなのである。
犯人は、クラッカー〈猫〉こと、ルイフォン。
〈七つの大罪〉のデータベースに侵入したのと同じ要領で、〈七つの大罪〉の関連施設である神殿のシステムを乗っ取った。
ほんの悪戯程度の小細工に過ぎないのであるが、効果はてきめんだったようだ。逆にいえば、ルイフォンの手助けがなければ、エルファンの脅しは口先だけだと、カイウォルに突っぱねられて終わっていた。
今回の作戦では、どのようにして、『鷹刀一族は〈七つの大罪〉の技術を自在に扱える』と、カイウォルに信じ込ませるか――が、重大な課題だった。
レイウェンの家から連絡を寄越してきたルイフォンも、すぐにその点が鍵となると指摘してきた。
誰しも、〈ケル〉や〈ベロ〉の存在が頭をよぎったことだろう。
しかし、『人の世のことは、人の手で』――それが、〈ケル〉や〈ベロ〉との約束であり、何よりも、キリファの願いだ。
ルイフォンもエルファンも、矜持にかけて『彼女』たちを頼ることを口にしなかった。
その思いが――無言で通じ合っているという絆が、心地よく、愛おしかった。
そして、ルイフォンが『照明設備の暴走』という方法を思いついた。
――ありがとう。私とキリファの息子。
心の中で、ルイフォンに告げる。
実のところ、ルイフォンなら〈七つの大罪〉のデータベースを自在に閲覧できるため、その技術を手にしているといえなくもない。だが、ルイフォンも鷹刀一族も、禁忌に触れる気はないのだ。
だから。
この交渉材料は、やはり盛大な大嘘――。
「カイウォル」
エルファンは、放心している相手に、鋭い声で呼びかけた。
「鷹刀は、国取りに興味はない。故に、『表』の王家が、『裏』の王家たる鷹刀を軽んじることがなければ、我らは何もしない」
「……」
カイウォルは沈黙したまま、黒い瞳だけをエルファンへと動かす。
「だが、もし、今回のようなことを繰り返した日には、我らは王家を斃すことを辞さない。――それを告げるために、私は事情聴取に応じたのだ」
鷹刀一族特有の、魅惑の低音が宣言する。
カイウォルは、しばらく無表情にエルファンを見つめていたが、やがて緩慢な動きで、落とした携帯端末を拾い上げた。
「……納得いたしましたよ。――いろいろと、ね」
溜め息混じりに吐き出すと、いつもの雅やかな笑みをエルファンに向ける。
「別に答えなくとも構いませんが、あなたが事情聴取に応じた理由は、『探られたくない肚があるから』ということですね」
そうでなければ、わざわざ、ここまで警告する必要がない。――闇に沈んだ瞳が、そう告げる。
エルファンは、氷の微笑を浮かべただけで、何も言わなかった。
答えなくてよいと言ったのだから、答える必要はないのだ。
「よいでしょう。――私の父である先王陛下と、あなたの父、鷹刀イーレオが交わしたという『不干渉』の約束。その子供である私たちも交わしましょう」
落ち着き払った蠱惑の旋律が、天空の間に吸い込まれていく。
「ですから、鷹刀もまた、くれぐれも王家に手を出すことのなきよう、切に願います」
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