第3話 表裏一体の末裔たち(10)

1/1
前へ
/30ページ
次へ

第3話 表裏一体の末裔たち(10)

 ぱちん。  長い指が弾かれた。小気味のよい音が鳴り響く。 「何をしたのですか?」  緊張をはらんだ声で、カイウォルが尋ねる。 「〈冥王(プルート)〉に合図を送った。――神殿に確認してみろ」  薄笑いで告げるエルファンに、素直に従うのは癪だと思ったのだろう。カイウォルは不快感もあらわに、眉をひそめる。  しかし、カイウォルが動かなくとも、彼の携帯端末が(ふところ)で振動を始めた。どうやら、神殿に務める者たちは、問題(トラブル)を隠蔽するような不心得者ではなく、勤勉な小心者だったらしい。  さすがのカイウォルも、呼び出しを無視することはなかった。それどころか、動揺を見せまいとしながらも、明らかに焦りを感じる手つきで通話に出た。 「なっ……!? 光明の間の『神の光』が……激しく明滅している――!?」 『〈冥王(プルート)〉』の名称は極秘であるらしい。『神の光』という言い方で、カイウォルが叫ぶ。  すかさず、エルファンは口を開いた。 「我が同胞を喰らい続けた〈冥王(プルート)〉だ。我らと縁が深くても、不思議はなかろう?」  冷淡な魅惑の低音が、カイウォルに氷水を浴びせる。 『エルファンの合図で、〈冥王(プルート)〉に異変が起きた』  これは、事実だ。  いくらカイウォルでも、自分の目の前で起きた現象を否定することはできない。  鷹刀一族が〈冥王(プルート)〉と――〈七つの大罪〉の技術と繋がりがあることを認めざるを得ない。――たとえ、何が起きたのかは分からなくとも……。  カイウォルは、呆然と虚空を見つめたまま。携帯端末を取り落しても、気づく素振りもない。 「しばらくすれば収まる。――今の光は、な」  含みのある響きで、エルファンが声を落とす。  ――勿論、ただの脅しだ。  鷹刀一族が〈冥王(プルート)〉を制御できるわけではない。  絡繰(からく)りとしては、実に単純なものだ。  神殿務めの者たちは、大概において皆、天空神フェイレンの敬虔なる信者である。神を崇める彼らが、光明の間で常ならざる光を見れば、『神の光』――〈冥王(プルート)〉が荒れ狂い、散り乱れたように感じるであろう。  しかし、本当は〈冥王(プルート)〉を収めた『部屋』の照明設備が暴走しただけなのである。  犯人は、クラッカー〈(フェレース)〉こと、ルイフォン。 〈七つの大罪〉のデータベースに侵入(クラッキング)したのと同じ要領で、〈七つの大罪〉の関連施設である神殿のシステムを乗っ取った。  ほんの悪戯(いたずら)程度の小細工に過ぎないのであるが、効果はてきめんだったようだ。逆にいえば、ルイフォンの手助けがなければ、エルファンの脅しは口先だけだと、カイウォルに突っぱねられて終わっていた。  今回の作戦では、どのようにして、『鷹刀一族は〈七つの大罪〉の技術を自在に扱える』と、カイウォルに信じ込ませるか――が、重大な課題だった。  レイウェンの家から連絡を寄越してきたルイフォンも、すぐにその点が鍵となると指摘してきた。  誰しも、〈ケル〉や〈ベロ〉の存在が頭をよぎったことだろう。  しかし、『人の世のことは、人の手で』――それが、〈ケル〉や〈ベロ〉との約束であり、何よりも、キリファの願いだ。  ルイフォンもエルファンも、矜持(プライド)にかけて『彼女』たちを頼ることを口にしなかった。  その思いが――無言で通じ合っているという絆が、心地よく、愛おしかった。  そして、ルイフォンが『照明設備の暴走』という方法を思いついた。  ――ありがとう。私とキリファの息子。  心の中で、ルイフォンに告げる。  実のところ、ルイフォンなら〈七つの大罪〉のデータベースを自在に閲覧できるため、その技術を手にしているといえなくもない。だが、ルイフォンも鷹刀一族も、禁忌に触れる気はないのだ。  だから。  この交渉材料(切り札)は、やはり盛大な大嘘(ハッタリ)――。 「カイウォル」  エルファンは、放心している相手に、鋭い声で呼びかけた。 「鷹刀は、国取りに興味はない。故に、『表』の王家が、『裏』の王家たる鷹刀を軽んじることがなければ、我らは何もしない」 「……」  カイウォルは沈黙したまま、黒い瞳だけをエルファンへと動かす。 「だが、もし、今回のようなことを繰り返した日には、我らは王家を(たお)すことを辞さない。――それを告げるために、私は事情聴取に応じたのだ」  鷹刀一族特有の、魅惑の低音が宣言する。  カイウォルは、しばらく無表情にエルファンを見つめていたが、やがて緩慢な動きで、落とした携帯端末を拾い上げた。 「……納得いたしましたよ。――いろいろと、ね」  溜め息混じりに吐き出すと、いつもの雅やかな笑みをエルファンに向ける。 「別に答えなくとも構いませんが、あなたが事情聴取に応じた理由は、『探られたくない(はら)があるから』ということですね」  そうでなければ、わざわざ、ここまで警告する必要がない。――闇に沈んだ瞳が、そう告げる。  エルファンは、氷の微笑を浮かべただけで、何も言わなかった。  答えなくてよいと言ったのだから、答える必要はないのだ。 「よいでしょう。――私の父である先王陛下と、あなたの父、鷹刀イーレオが交わしたという『不干渉』の約束。その子供である私たちも交わしましょう」  落ち着き払った蠱惑の旋律が、天空の間に吸い込まれていく。 「ですから、鷹刀もまた、くれぐれも王家に手を出すことのなきよう、切に願います」
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加