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第4話 和やかなる星影の下に(2)
「お前、あれだけ飲んで、本当に平気なんだなぁ」
豪腕から繰り出した、必殺の一撃をルイフォンにかわされ、タオロンは感心したようにぼやいた。その様子からすると、彼にはまだ酒が残っているのだろう。事実、動きに少々、切れがない。
「社長も無敵だし……」
ぶつぶつと悔しがるタオロンに、レイウェンが目を細める。
「私も、ルイフォンも、鷹刀の人間だからね」
どことなく嬉しそうな声の裏側からは、『ルイフォンは、俺の異母弟だからね』という言葉が聞こえてきた。相変わらずの『兄貴』に、ルイフォンは苦笑しつつも、悪い気はしない。
「社長には、弱点というものがねぇんですか?」
住み込みで働くようになってから、一ヶ月。レイウェンには、まったく非の打ち所がないのだと、昨日の酒の席でも、タオロンはルイフォンに力説していた。
ルイフォンだって、レイウェンとは最近の付き合いなのだが、弟のリュイセンが尊敬しつつも、時々、劣等感に苛まれるくらいの完璧さを誇っているのは知っている。
「俺も、レイウェンの弱点を知りてぇな!」
調子に乗って軽口を叩くと、レイウェンは素晴らしく甘やかな笑みで「秘密」と返してきた。……なんか、敵わない気がする。
「さて。そろそろ、切り上げようか。タオロンも、今日はファンルゥが起きる前に戻ったほうがいいだろう?」
「――っ!? すんません! ありがとうございます!」
レイウェンの気遣いに、タオロンが焦ったように頭を下げる。
ファンルゥは、目覚めたときに父親がいなくても、泣き出すような子ではない。ただ昨日の夜は特別で、ルイフォンたちと盛り上がっているタオロンに、『たまには男連中で、語り合うといい』と、シャンリーがファンルゥの寝かしつけを引き受けてくれたのだ。
だから、今日のファンルゥの朝一番は、『大好きなパパ』の『おはよう』で。――そういう配慮だ。つくづく、レイウェンは、できた御仁である。
「姐さんにも、頭が上がらねぇや」
刈り上げた短髪を掻きながら、タオロンは幸せそうに笑う。本当に、今の生活は夢のようだと。
ルイフォンも、昨晩のシャンリーは正直、意外だった。
こういっては失礼だろうが、男装の麗人と謳われるシャンリーのこと、育児は苦手で、同居の義母に任せっきりの印象があったのだ。しかし、シャンリーが絵本を持ってくると、ファンルゥは大喜びでベッドに向かっていった。
ルイフォンが首をかしげていると、タオロンが『姐さんは、凄ぇんだ』と教えてくれた。
なんでも、身振り手振りの入った臨場感たっぷりのシャンリーの『お話』は、まるで小さな演劇会で、ファンルゥは夢中なのだという。そういえば、シャンリーは剣舞の名手であり、表現の専門家であった。
徐々に熱を蓄え始めた朝陽を背に受けながら、三人は家に戻る。
その途中で、メイシアが庭に出てきた。淡い空色のエプロンを着けたままなので、そろそろ朝食だと声を掛けに来てくれたのだろう。鷹刀一族の屋敷での、ふわりとしたメイド服姿も、よく似合っていたが、シンプルなエプロン姿も新鮮である。
ルイフォンは思わず走り出した。
「メイシア、おはよう!」
「ルイフォン!?」
彼が朝稽古に参加していたことに、メイシアは目を瞬かせる。
けれど、彼女を守りたいという彼の気持ちに気づいているのか、彼女は、ほのかに頬を染め、花がほころぶような満面の笑顔となった。
「おはよう、ルイフォン! ――それから、お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
ルイフォンは、華奢な肩を抱き寄せ、薄紅の唇に口づける。
途端、メイシアがうろたえた。レイウェンとタオロンの目を気にしているのだ。
彼女の細い指先が、しがみつくように彼のシャツを握る。恥ずかしさで隠れてしまいたいのだと訴えるように、彼の胸に顔を埋めてくる。――そんな仕草が可愛らしい。
おそらく背後では、レイウェンがいつもの甘やかな眼差しでふたりを見守っていて、タオロンはどこかに視線を泳がせていることだろう。
何も問題はない。
「俺、幸せだな」
ルイフォンは、思ったことをそのまま口にする。
「……うん。私も」
彼の腕の中で、メイシアも、こくりと頷いた。
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