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第4話 和やかなる星影の下に(4)
「『ライシェン』を、草薙家の子に……?」
ルイフォンは、猫の目を丸くして固まった。まったく想像もしていなかった話に、声を失ったのだ。
それはメイシアも同じだったようで、彼女は隣で小さく息を呑んだまま、口元に手を当てている。窓の外からの虫の歌だけが、涼やかに広がっていった。
「そんなに意外だったか?」
「あ、いや……。ほら、レイウェンとシャンリーは『一族を抜けるときに、鷹刀と縁を切ることを誓ったから』って言ってさ。今までずっと、事情は知っていても、見守ることに徹していたから……」
「――ルイフォン」
肩を怒らせたシャンリーが、叱りつけるような声色を響かせた。
反射的に、ルイフォンは猫背をぴんと伸ばす。その反動で、毛先を飾る金の鈴が跳ねた。
「『ライシェン』は、セレイエの子供だ。レイウェンと私にとっては『異母妹の遺児』にあたる。――『甥』なんだよ。お前たちと、同じ立場だ」
「――っ!」
「すっかり忘れていた、って顔だな」
シャンリーの苦笑は、とても静かだった。
彼女らしくもなく、いっそ平坦といったほうが正しいくらいの穏やかさ。……だからこそ、内に抑えたセレイエへの強い思いが――異母妹を亡くした深い悲しみが垣間見える。
「……すまん」
思わず、謝罪が口を衝いて出た。
自分だけが、セレイエと兄弟姉妹のような気がしていた。だから、セレイエは、息子を異父弟に託して、逝ったのだと。
「セレイエは俺の異父姉だけど、レイウェンとも異母兄妹なんだよな……」
ぼやくような呟きに、シャンリーは「そうだよ」と、語調を強めて頷く。
「他所の凶賊に襲われて、セレイエが〈天使〉の力を暴走させて……、安全のために、セレイエが離れて暮らすようになるまで――私たちは鷹刀の屋敷で一緒に育った。あとから生まれたお前には、実感が湧かないだろうが、大事な異母妹だ」
「……」
ルイフォンは、なんとも言えずに押し黙る。
不意に、メイシアが彼の服の端をぎゅっと握ってきた。どうしたのかと見やれば、もう片方の手で自分の胸元を押さえながら、切なげな顔でシャンリーを見つめている。
「セレイエさんの記憶が、シャンリーさんの言葉に反応しています。『大好きなお姉ちゃん』だって……」
シャンリーが、はっと顔色を変えた。
「すまん! 大丈夫か!? セレイエの記憶が表に出てくると、具合いが悪くなるんだろう?」
「あ、いえ。具合いが悪くなるというよりも、混乱してしまうことがあるだけで……。でも、今は平気です。切ないけれど、温かいんです。セレイエさんが、シャンリーさんたちをとても大切に思っていたのが伝わってきます」
「そうか、よかった。……ありがとう」
安堵の息を吐き、シャンリーは柔らかに笑う。それから、気合いを入れるかのように、口元をきゅっと引き締めた。
「なら、『ライシェン』が草薙家の子になったとしても、セレイエは喜んでくれるはずだな。だって、セレイエは『ライシェン』に、王になる道と、優しい養父母のもとで平凡な子供として生きる道を考えていたんだろう?」
「あ、ああ……」
ルイフォンは、戸惑いながらも肯定する。それを弾みに、シャンリーが声高に続けた。
「そして、セレイエは、養父母の候補として、とりあえず、お前たちを選んだ。けど、それは絶対ではなかったはずだ」
その通りだ。
ルイフォンとメイシアが恋仲にならなかった場合には、『ライシェン』に愛のある環境を与えてくれれば、それでよいと願っていた。
「セレイエがお前たちを選んだ理由は、『ライシェン』と血の繋がりという縁があること。それから、メイシアが〈天使〉になることで、あらゆる危険から『ライシェン』を守り抜ける力を得られること――だったよな?」
シャンリーの問いかけに、メイシアがおずおずと頷く。
その瞬間、ルイフォンは鋭く目を光らせ、弾かれたように叫んだ。
「メイシアは、〈天使〉なんかにならない!」
華奢な肩を抱き寄せ、その手で黒絹の髪をくしゃりと撫でる。
セレイエの命を賭けた願いと、自身の『〈天使〉になりたくない』という思いの狭間で、メイシアは苦しんだ。優しい彼女のことだから、落ち着いたように見えても、本当は今も悩んでいることだろう。だから、彼女の心が罪悪感に侵されたりしないようにと、ルイフォンは強く否定する。
必死の形相の彼に、シャンリーが、ぷっと吹き出した。
「おいおい、そんなに睨むな。――私も、メイシアが〈天使〉になる必要はないと思っているよ。さすがに、それはセレイエの我儘が過ぎる」
からからと笑いながら、シャンリーは、メイシアの肩を抱くルイフォンの手に目を細めた。満足げに口の端を上げてから、すっと真顔に戻る。
「だが、メイシアが〈天使〉にならないのなら、セレイエが期待した強力な守りの力はなくなる。単に『ライシェン』の血縁という意味でなら、お前たちと、私たちの条件は同じだ。――ならば、『ライシェン』が草薙家の子になるというのも、悪くないんじゃないか?」
「――!」
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