幕間 正絹の貴公子(1)

1/1
前へ
/30ページ
次へ

幕間 正絹の貴公子(1)

 これは、本格的な夏の気配が濃くなってきたころのこと。  ルイフォンとメイシアが草薙家(うち)で暮らすようになるよりも、前の話――。  好きな人の家に行った。  正確には、草薙家(うち)に来る彼の『お迎えにあがった』んだけど。  ……分かっていたわよ。凄い豪邸だ、ってことくらい。  だって、普通の『お(うち)』じゃなくて、貴族(シャトーア)の『お屋敷』だもの……。 「え? ハオリュウが草薙家(うち)に来るの!?」  信じられないほど嬉しい話に、私は思わず聞き返した。 「これから暑くなりそうだから、貴族(シャトーア)の当主にふさわしい、夏のよそ行きを仕立ててほしいそうなの。腕が鳴るわ」  祖母上が、にこにこと上機嫌に答える。ハオリュウのことは、お気に入りなのだ。  デザイナーの腕を買ってくれて、女王陛下の婚礼衣装担当に抜擢してくれて。でも本当は、お異母姉(ねえ)さんのメイシアの婚礼衣装こそ頼みたいのだと、熱心に語ってくれたことから始まり、彼の異母姉(あね)思いの優しさと、十二歳の若さで貴族(シャトーア)の当主として立派に領地を盛り立てていることを考えれば、当然だと思う。 「けど、珍しいよね? 貴族(シャトーア)って、普通、自分の屋敷に仕立て屋を呼びつけるものでしょ?」  私が首をかしげれば、「彼には、他に目的があるのよ」と、祖母上は、ふふっと銀髪(グレイヘア)を揺らす。 「あっ、父上と仕事の話?」 「そうねぇ。ひょっとしたら、それもあるかもしれないけれど、今回はファンルゥちゃんに――」 「ええっ!? ファンルゥ!?」  意外すぎる名前に、私は祖母上を遮り、素っ頓狂な声を上げた。  すると、祖母上は「人の話は、邪魔しちゃ駄目でしょ?」と、私をたしなめながらも、楽しそうに説明してくれた。 「『ファンルゥさんは異母姉(あね)の命の恩人です。それに、僕に素敵な絵を贈ってくださいました。どうしても、お礼に伺いたいのです』――ですって。私への用件は、口実(おまけ)なのよ」 「なんか、ハオリュウらしい」  私は、くすりと笑う。  貴族(シャトーア)の当主であるハオリュウは、そうそう一般庶民のところに出入りするわけにはいかない。だから、自然な形でファンルゥに会えるように一計を案じたのだ。 「ファンルゥ、大活躍だったんだよね」 「ええ。『初めにファンルゥさんが危険を冒して、囚われた異母姉(あね)のもとに行ってくださらなかったら、現在はありませんでした』と、ハオリュウさんは声を震わせていたわ」  ――菖蒲の館で起きた一連の大事件。私は、その一部始終を教えてもらっていた。  とても、辛く悲しい話だった。  ミンウェイねぇが、お母さんのクローンだったなんて信じられなかった。  悪い奴だと思っていた〈(ムスカ)〉が、可哀想になってしまった。  それから、鷹刀と王家の関係とか、王族(フェイラ)の『秘密』とか……凄いことをたくさん聞いた。  本当は『子供の(クーティエ)には、内緒』のはずだったと思う。けど、私も鷹刀の血を引く者であることと、『事情を知っていれば、ハオリュウさんの力になれることがあるだろう』って、父上が教えてくれたのだ。  ……私がハオリュウのことを好きだって、父上にバレている。 「それでね、クーティエ」 「えっ!?」  ううぅ……、と赤面していた私は、祖母上の声に、びくっと肩を上げた。 「ファンルゥちゃんへのお礼の贈り物について、ハオリュウさんが相談したいそうなの。お願いできる?」 「勿論よ!」  即答してから思った。  私がハオリュウのことを好きだって、祖母上にもバレバレだ……。  ハオリュウとお買い物に行けるのだと、私は浮かれていた。  でも、結局、電話であれこれアドバイスしただけだった。  そうだよね。  ハオリュウは貴族(シャトーア)だもん。一緒に、お出かけなんてできないよね。  ふたりきりで話せただけでも、嬉しいことのはず……。  ――それはさておき。  ファンルゥへのプレゼントは、絵本に決まった。魔法使いの女の子が大活躍する冒険シリーズの一冊で、草薙家(うち)にはない巻だ。  ファンルゥはお話が大好きだけど、菖蒲の館で〈(ムスカ)〉が用意した絵本は、か弱いお姫様が王子様に助けられる話ばかりで物足りなかったらしい。草薙家(うち)に来たら、私のお古の魔法使いシリーズに夢中になった。母上の読み聞かせも大好評で、いつも、ふたりで大騒ぎしている。――うん。私も小さいころ、母上とよくやった。  ちなみにハオリュウは、草薙家(うち)(そろ)ってない巻を全部、贈ると言ったのだけど、私は間髪を()れずに『駄目!』と答えた。  だって、全部なんていったら、十冊以上だ。貴族(シャトーア)のハオリュウには、どうということはないだろうけど、かなり高額になる。子供のファンルゥへのお礼としては大げさすぎるし、タオロンさんが絶対に気にする!  それに、こういうのは、ちょっとずつ集めたり、図書館で借りて、そのときだけ、その本を独り占めしたりするものなのだ。そういう幸せって、あると思う。  ハオリュウは『分かった』と言ってくれたけど、たぶん、本当の意味では分かってない。  ――彼は、貴族(シャトーア)だから。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加