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第3話 表裏一体の末裔たち(5)
この国には神がいる。
輝く白金の髪と、澄んだ青灰色の瞳を有する、天空の神フェイレン。
神は、この地を治めるために、王族を創り出した。
王族の血筋には、時折り神の姿を写した赤子が生まれる。彼の者こそが国を治める宿命を背負った王である。
王は、天空の神フェイレンの代理人。
地上のあらゆることを見通す瞳を持ち、王の前では、どんな罪人も自らの罪過を告白せずにはいられない――。
「神話に出てくる『罪人』。彼こそが『鷹の一族』の者であり、鷹刀一族の始祖ですね」
居丈高に、カイウォルが告げる。
なるほど、と。エルファンは思った。
王族の『秘密』を知る鷹刀一族のことを、カイウォルは蔑ろにできない。故に、創世神話に謳われるほどの由緒ある一族であると、ひとまず認めた。だが一方で、貴種である王家とは身分が違うと、貶めようとしているのだ。
如何にも、高貴な人間の考え方だ。
「創世神話の『罪人』か。――ああ。確かに、鷹刀を指すのだと聞いている」
エルファンは低く喉を鳴らした。
平然と受け答えているが、その言い伝えは、実は先日、知ったばかりである。
〈蝿〉は王族の『秘密』を明かす際、話の途中で息絶えたときの保険として、ルイフォンに記憶媒体を託した。その中身は王族の『秘密』のみならず、〈悪魔〉の〈蝿〉が知り得た、ありとあらゆる情報の宝庫であり、件の創世神話の謂れもまた記されていたのだ。
「つまらぬことを言うな」
情報を与えてくれた〈蝿〉に感謝しつつ、エルファンは余裕の顔で一笑に付した。
「『供物』として飼われていた先天性白皮症の王族の祖先は、警護役であった鷹刀の祖先の『記憶を読み取り』、古の王朝への謀反の『罪』を暴いた。そして、密告されたくなければ、手を組むようにと迫った」
エルファンは憎悪を込めて、一段と低く、声を響かせる。
「それが、現王朝の始まりだ。故に、『罪人』の記述が神話に残された。それだけのことだ。鷹刀が罪人なら、共に古の王朝を斃した王族も罪人だろう?」
もともと、この創世神話は、王族の悪意に満ちているのだ。武功を挙げた鷹の一族が、王族を差し置いて民心を集めぬようにと、あえて『罪人』と記し、蔑みの対象としたのだから――。
「どうやら、鷹刀一族が、古き伝承を語り継いでいることは確かなようですね」
カイウォルは、あくまでも高飛車な態度は崩さず、演技じみた仕草で感嘆の息をついた。
「ふむ。王族の『秘密』を知る我が一族が、『もうひとつの王家』であることを疑っていたのか」
やや呆れたようにエルファンが口を開けば、カイウォルは美麗な眉を不快げに寄せる。
「鷹刀一族は、『〈贄〉として、王家に仕えていた』と伝え聞いております。それが、『裏』の王家などと言われても、私としてはどう捉えたらよいものやら……」
すっと目を細め、カイウォルは含み笑いを漏らした。〈冥王〉の『餌』の分際で、おこがましいというわけだ。
実に王族らしい、高慢な仕草だった。
しかし、エルファンが気を昂らせることはなかった。それどころか、王位継承権を持たない王兄が、現在の王家を唯一無二と主張する様など、彼の目には滑稽だとしか映らなかった。
「くだらない創世神話まで持ち出して、そんなに躍起にならなくともよいだろう。王族の立場からすれば『もうひとつの王家』などを認めるわけにはいかないことくらい、私だって承知している」
口の端を上げ、低く喉を震わせる。
白い部屋の中で、異質な黒い正装の肩が揺れた。それはまるで、エルファンを中心に昏い闇が広がるかのよう。
「神話など無意味だろう? 神などというものは存在しないのだからな」
「何を言いたいのですか?」
『神に祈りを捧げ、神と対話するための部屋』である天空の間で、堂々と神を否定するエルファンに、カイウォルは蛮族を見る目で問う。
「そのままの意味だ。白金の髪、青灰色の瞳を持つ〈神の御子〉の姿は、先天性白皮症によるもの。神に選ばれた人間だからではない。――だが」
エルファンは、意味ありげに言葉を切った。
漆黒の眼差しが、同じ色合いを持つカイウォルの瞳を捕らえる。
「創世神話の記述のために、この国では、黒髪黒目の人間は王にはなれない」
純白の空間に、ぽとりと落とされた、墨のような低音。
そのひとことがカイウォルを指すことは、説明するまでもなかった。
刹那。
時が凍りつく。
カイウォルの黒い眼は見開かれたまま、動きを止める。
――エルファンは思う。
王兄カイウォルにとって、創世神話は呪詛でしかないだろう。どんなに天賦の才があり、それを超える努力があったとしても、彼は決して王にはなれないのだから。
故に、たとえ鷹刀一族を貶めるためであっても、彼が創世神話を口にすることは屈辱であるはずだ。
「……私に、何か思うところがおありのようですね。ですが、そのような話をするために、この場を設けたわけではありません」
黒髪をさらりと払い、カイウォルは冷ややかに告げた。揺さぶりをかけられたのだと気づいたのだ。
けれど、激昂はしない。それが、カイウォルという人間の矜持のようだった。
「そうだな」
エルファンは素直に引いた。創世神話の解釈談義は、カイウォルの人となりを知るためのよい余興ではあったが、本題ではない。
「話を戻しましょう」
仕切り直しだと、カイウォルが声を上げた。
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