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第4話 和やかなる星影の下に(5)
悪くないどころではないだろう。
武術の心得のあるレイウェンとシャンリーは頼もしいし、何より、クーティエという一女のある彼らなら、養育者として申し分ない。ルイフォンたちよりも、よほど適任、よほど現実的だ。
あまりにも、ありがたい申し出に、ルイフォンとメイシアは半ば呆然としていた。張りのあるシャンリーの声が、未来に向かって、ふたりの背中をそっと押し出す。
「急かしているわけじゃないよ。あくまでも、選択肢のひとつとして、頭の片隅に入れておいてほしい、ってだけだ。だいたい、『ライシェン』の父親とも、相談が必要だろう?」
「あ……、そうだよな……」
『ライシェン』の未来について、真剣に考えなければならない。
摂政の動向が気になると言って、なんとなく先延ばしにしていたが、できるだけ早く、父親のヤンイェンと会う段取りをつけるべきだ。
セレイエの計画では、『ライシェン』は、とりあえず王として誕生し、それが不幸な道だと思われたら、〈天使〉となったメイシアが王宮から掻っさらう――などという、とんでもないものだった。
しかし、メイシアを〈天使〉にしないと決めた以上、『ライシェン』の誕生の前に、『王』か『平凡な子供』を選ぶ必要がある。その判断に、父親であるヤンイェンの意見は不可欠だろう。
――果たして、どんな未来が、『ライシェン』にとって幸せなのか。
あの小さな赤子が硝子ケースから出て、青灰色の瞳に世界を映し、白金の髪を揺らして笑う……。
そのとき、ルイフォンの心に、ふっと昏い影がよぎった。
……自分は、あの赤子を『可愛い』と思えるのだろうか?
湧き出た疑念に動揺し、おそらく無意識に安心を求めたのだろう。ルイフォンは、隣のメイシアに視線を走らせる。
すると、彼女もまた眉を曇らせ、彼を見つめていた。黒曜石の瞳は惑いに揺れ、そこに映り込んだ彼の顔も、昏く沈んでいる。
「……レイウェンの言った通りだな」
奇妙な色合いを帯びた室内に、シャンリーの声が静かに響いた。
性別不詳の整った顔からは感情が失せ、続く言葉は淡々と無慈悲――。
「具体的な『ライシェン』の未来を示したら、お前たちの足はすくみ、ためらいを見せる。――お前たちの中で、『ライシェン』は『人』ではなくて、『もの』だから……」
「――え?」
歌うような声は、彼女の剣舞の如く流麗だった。
ルイフォンの耳にも鮮やかに聞こえ……だのに、彼は言葉の意味を理解できなかった。まるで不可思議な舞に翻弄されたかのように、ルイフォンは狼狽し、シャンリーの顔を凝視する。
シャンリーは、溜め息をひとつ落とした。それから、いつもの強気な表情に戻り、「いいか?」と、鋭く斬り込むように身を乗り出した。
「決して、お前たちを責めているわけじゃないぞ。――けどな」
険しい声の前置きに、空気が張り詰める。
「もし、お前たちが、『ライシェン』をセレイエに託された『子供』だと思っているなら、一緒に草薙家に連れてきているはずなんだ。そりゃ、やむを得ず、鷹刀に置いてくるしかなかった、という話は聞いている。けど、情があるのなら、常に気にかけて、心配しているものなんだよ。でも、お前たちからは、そんな感じはしない」
「!」
ルイフォンとメイシアは、同時に息を呑んだ。
そして、ふと、〈蝿〉を思い出す。
彼は、硝子ケースの中で眠ったままの『ミンウェイ』を、それはそれは大切にしていた……。
「けどな……。お前たちにとって、『ライシェン』が『もの』であるのは、仕方のないことだ。だって、お前たちは、『デヴァイン・シンフォニア計画』に苦しめられてきた。――メイシアの家族も、この計画の犠牲になった……」
シャンリーの目が、悼むように伏せられる。
「メイシアの父親は亡くなったのに、原因となった『ライシェン』が生き返るのは、解せないだろう? 話を聞いただけの私だって、理不尽だと思うんだ。お前たちが、素直に『ライシェン』を受け入れられないのは、当たり前のことなんだよ」
メイシアの体が震えた。
小さく「私……」と呟いたまま、血の気の失せた唇が動きを止める。ルイフォンは、彼女の細い腰を引き寄せ、包み込むように抱きしめた。
彼の胸に倒れ込んできた華奢な体は、夏の気温に反し、凍えているように感じられた。無論、錯覚に決まっているが、ルイフォンは自分の熱を分け与えようと、両腕に力を込める。
そんなふたりに、シャンリーは切なげに顔を歪めた。
「お前たちに『ライシェン』の未来を――幸せを託すのは、酷だよ。セレイエだって、『デヴァイン・シンフォニア計画』が、こんなことになるとは思っていなかったはずだ」
口調の険しさとは裏腹に、シャンリーの言葉は優しさであふれていた。
心の底に沈んでいた昏さをすくい上げ、音にして聞かせながらも、それでいいのだと強く訴える。
「無理をするな」
シャンリーが微笑む。
「『ライシェン』は、草薙家の子になればいい」
『ライシェン』も、『お前たち』も、幸せになるために――。
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