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第2話 暗雲を解かした綾のような(2)
チャオラウの運転する車が小さくなっていくのを見送っていると、出し抜けに野太い声が聞こえてきた。
「社長! 荷物運びに参りました!」
ルイフォンが振り返ると、家へと続くアプローチの勾配を大きな影が下ってくるのが見えた。
浅黒い肌の小山のような巨漢と、その肩にちょこんと乗った小さな女の子――タオロンとファンルゥの父娘である。タイミングよく現れたことから察するに、どうやら、チャオラウとの水入らずの挨拶の邪魔にならないよう、どこかで待機を命じられていたらしい。
〈蝿〉の庭園を出たあと、タオロンはレイウェンの経営する警備会社に就職した。約束通り、この家に住み込みで働いていて、彼が仕事に行っている間は、シャンリーかユイランが、ファンルゥの面倒を見ている。
「ご苦労様。ありがとう」
レイウェンが柔らかな笑みで応えると、タオロンは「いえ」と慌てたように手を振った。
「俺もファンルゥも、早くルイフォンたちに会いたかったですから」
そう言って、嬉しそうに白い歯を見せる。
「ねぇ、パパ!」
ファンルゥが、タオロンの額に巻かれた赤いバンダナを引っ張った。タオロンは「すまん、すまん」と言って、娘を肩から降ろす。
「メイシア! 会いたかったぁ!」
子供特有の高い声を響かせ、ファンルゥがメイシアへと駆け寄る。元気な癖っ毛が跳ね、その髪に結ばれたシルクサテンのリボンが踊った。
メイシアが「あ!」と声を上げるのと同時に、ファンルゥは、その場でくるりと一回転する。
「見て! クーちゃんと、お揃いなの!」
得意げに笑うファンルゥの隣に、クーティエが並んでポーズを取る。ふたりは同じ髪飾りと、同じデザインのシャツとミニスカートを身に着けており、まるで仲の良い姉妹のようであった。
「ふたりとも、凄く可愛い!」
メイシアの声も、つられたように浮かれる。
そんな和気あいあいとした再会に、湿った顔をしていたユイランの口元がほころぶ。そういえば、ファンルゥが草薙家に来るという話が出たとき、彼女は『元気な女の子に服を作ってあげられる』と張り切っていたのだ。
女性たちの話の輪に入るのも気後れして、ルイフォンが少し離れたところで微笑ましげに見守っていると、大きな影がぬっと近づいてきた。
「ルイフォン、お前のおかげだ。ありがとなぁ」
巨漢のタオロンが、ひと回り小さくなったかと思うほどに、深々と頭を下げてきた。なんとなく、涙ぐんでいるようにも感じられる。
「俺たちは今、夢のような生活を送っている」
「おいおい。感謝なら、俺じゃなくてシャンリーやレイウェンに」
「勿論、姐さんと社長には、頭が上がらない。……しかも、強い」
急に声色が変わり、タオロンが大真面目に告げる。武を頼りに生きてきた彼としては、強さは人間を評価する上で、重要な要因らしい。
「姐さんには勝てなくとも、かろうじて負けねぇくらいにはもっていけるようになった。だが、社長が鬼神のように強い。いつも完敗だ。あの外見で、どうして……ああ、いや、人を見かけで判断しちゃいけねぇけどよ」
ルイフォンは苦笑した。タオロンの言いたいことは分かる。鷹刀一族の美麗な容姿に、物腰の柔らかさが加わったレイウェンは、荒事とは、ほど遠い印象なのだ。
しかし、レイウェンは強い。
ルイフォンも話に聞いただけなのであるが、レイウェンは一族を抜ける際、一族最強といわれるチャオラウとの決闘を制している。つまり、相当の使い手のはずだ。
「それからよ」
タオロンの弾んだ声が続く。彼とは長い付き合いというわけではないのだが、いつになく饒舌な気がした。
「銃器の扱いも習っている。もう凶賊じゃねぇからよ。俺は、どんな武器でも使いこなせる立派な警備員になるぜ」
太い眉がぐっと寄り、強い意志を示す。その顔に、ルイフォンは思わず呟く。
「よかったな。……本当に」
「ありがとな」
タオロンは満面の笑みで返した。
これまでの彼は、たとえ豪快に笑っていても、どこか切羽詰まったような余裕のなさが感じられた。それが今は、実にのびのびとした良い顔をしていた。
「さて。暑いですし、そろそろ移動しましょう」
レイウェンが魅惑の低音を響かせた。その涼しげで甘やかな笑みから、ルイフォンはふと思う。
――皆の雰囲気を明るくするために、レイウェンは、このタイミングでタオロンたちを呼んだのではないだろうか。
ただの邪推だろうか? そう思ったとき、レイウェンの長身がすっと寄ってきた。
「ルイフォン、あとで私の書斎に来てほしい。話をしたい」
「!?」
彼の父エルファンとそっくりな、感情の読めない声でそっと耳打ちをすると、何ごともなかったかのようにレイウェンは去っていった。
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