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「まさか、堕天使になる者がいるなんて」
「早く、誰か早く大天使様を呼んできて!!」
胸騒ぎがし、天使を掻き分けその中心へと行く。
そこには、頭を両手で押さえ苦しむ男の姿があった。
それも、今度はハッキリと見える。
男の纏う黒いものが。
「貴女、もう少し離れなさい!! 堕天使なんて汚れた者に触れたら、私たち天使もただではすまないわ。皆も、この堕天使から離れて大天使様を呼びにいくわよ」
他の天使達が、大天使様を呼びにいってしまい、その場には男と女だけとなった。
本当なら、自分も言われた通り離れなくてはならない。
でも、苦しむ男を放っておくなどできなかった。
前に堕天使について授業で習ったことがあり思い出す。
堕天使は、天使が嫉妬などの醜い感情を持ち、それが次第に膨れ上がりなるものだと習った。
「ねえ、しっかりしてよ。聞こえてるんでしょ!?」
声をかけても、ただ苦しみの声を上げるだけで、羽は付け根から次第に黒くなり始めていた。
自分にできることは何かないかと考えたとき、授業での言葉が頭を過る。
「やるしかない」
女は決意の言葉を口にすると、男に近づいていき、蹲る男を前からそっと抱き締めた。
その瞬間、女の頭の中に何かが流れ込んでくる。
それは男の記憶だ。
男は天使になるため、生まれたあの日から毎日努力をしていた。
それなのに、その努力が実ることはなく、男の中に少しずつ黒い影が落ちていく。
男に追い討ちをかけるように、自分と同じ日に生まれた天使のタマゴが先に天使となった。
自分なんかよりも、沢山練習している男の姿や心の痛みが女の天使の脳に、心に流れ込む。
「貴方は私なんかより沢山努力してきたんでしょ。なら、こんなところで諦めていいの?」
「ッ、おれ、は……」
「貴方は天使になるの!! そのためにこの場所に、この白い世界に生まれてきたの。だから……こんなところで諦めないで、天使になってよッ!!」
女が怒鳴るように、そして苦し気に叫ぶと、男の黒く染まっていた羽が、次第に元の色へと戻る。
その様子に安心した女だったが、これで自分は天使になれなくなる。
堕天使についての授業では、絶対にしてはいけないことがあった。
それは、堕天使になった者に触れること。
これを行えば、まだ完全に堕天使なっていない者は救える。
だが、その救いの対価として、触れた者が堕天使となり、この天界から追放される。
「俺は……ッ!! おい、お前の羽__」
「じゃあね。頑張って天使になってよね」
女は黒い羽をバサリと広げると、何処かへと消えてしまった。
男はこの白い世界では目立つ、その黒く染まった女の姿が見えなくなるまで見続けた。
頬には綺麗な雫が伝い、白い世界に溶けて消える。
その後すぐ、男ははれて天使となった。
女が自分を犠牲にしてまで救ってくれたのだ。
もう男の心が闇に染まることはないに違いない。
きっと今も何処かにいる女の事を考えながら、上を見上げる。
なにもない真っ白な世界。
どこを見ても真っ白だが、男の心には黒がいた。
汚れてなどいない、自分を救ってくれた黒い翼を持つ白い天使が。
《完》
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