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川田さんと私
川田さんが、温かいカフェオレを啜る。同じタイミングで、ミルクティーのストローを加えて飲んだ。
こういう時って、間の取り方がよく分からない。
――発覚直後、私達は場所を変えた。
向かった先は近場の喫茶店である。川田さんが提案し、案内してくれた。大の男と二人きりは怖いでしょ、との配慮からだった。優しさに、さすが大人だと惚れ惚れした。
「その小説書いたの在学中でね。ええっと、二十年?以上は前かな」
川田さん曰く、執筆当時は一年生だったらしい。その頃は創作が生き甲斐で、中毒者ばりにのめり込んでいたそうだ。
因みに、図書室に隠しておいた理由も、最後まで書かなかった理由も、今になっては思い出せないと言う。
気にはなったが、答えがなければ探す術もないのだ。同じ時代に在学していれば、と無茶な後悔をした。
「にしても、知らない人の家を訊ねるなんて、すっごく勇気が必要だったでしょ」
「……そ、そうですね。でも、話の続きが知りたくて……ほ、本当に面白かったので……」
中央に置いた本は、真っ白な表紙を輝かせている。川田さんと視線を合わせる代わり、ずっと本と目を合わせた。なんて、目を見るのが怖いからだけど。
「そっか、その為に来てくれたんだね。……話の続き、か……」
照れ笑いが、目の上端に映っている。
「……どんな風になってて欲しい?」
「えっ……」
質問を返され、昨日描いた空想を復活させた。
主人公に恋心が目覚めて、女の子と結ばれてハッピーエンドかな。それだと、登場人物も読者も幸せになれて嬉しいから――なんて私は考えてました!
なんて、ぎこちなくも精一杯に伝える。良い終わり方だね、と川田さんは笑ってくれた。続けざまに、違う色の笑みも飾られる。
「実はね、何を書こうとしてたかも忘れちゃったんだよね。それどころか、本を学校に置いてたことすら忘れてたんだ」
軽快な暴露は、残念さとスッキリ感を一皿にして連れて来た。気にはなるが、こちらも無いなら仕方がない。
ただ。
「……そう、ですか。続きがないなんて寂しいな……。じゃ、じゃあ、今だったらどんな終わりにしますか?」
川田さんは、眉間に皺を寄せる。唸り一つ繰り出さず、静かにカフェオレを啜った。
もしかすると、あらすじから思い出しているのかもしれない。
だが、それも数秒で終わった。
*
「……この話さ、主人公が俺と同じなんだよね。恋愛感情を持たなくて、誰も好きにならないの」
「……あ、だ、だから描写が繊細なんですね」
「で、学生の頃はそのうち俺にも好きが分かるかもーって思ってたんだけど、結局は分からなくてこんな感じ。だから、今だと実らないエンディングにしちゃいそう」
冗談っぽい笑顔が弾ける。言葉と裏腹に、川田さんから負の匂いはしなかった。
きっと、彼にとってはそれが普通なのだろう。主人公と擬態していた所為か、妙には思わなかった。
「君は恋してる?」
こんな質問をされても、嫌悪感一つ滲み出ない。
「……い、いえ。私、好きな人どころか友達すらいなくて」
「そうなの? 意外だな。君と話をすると凄く楽しいのに」
それどころか、心を交換する度、惹き込まれる自分がいた。
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