川田さんと私

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 久方ぶりにする他者との会話は、とても楽しかった。好きな話が出来る、その喜びで口が達者になるほどに。  こんなに言葉を使ったのはいつ以来だろう。家族との時間は過ぎっても、他は上手く思い出せなかった。  普段であれば、追憶には悲しみを伴う。けれど、今日だけは悲しくなかった。   「わ、私、誰かとこんなに話をしたの久しぶりです」 「俺もだよ。楽しいものだね」  ウェイターを呼び、二杯目のドリンクを注文する。お互い、温度もそのままに相手の飲んでいた物を注文した。美味しそうに見えたから、と言い合って笑った。 「本当に楽しいです。ずっと続けば良いのにって思っちゃう……」    好きなものの話。苦手なものの話。本を捲りながらの感想会。  小説家の夢を追いかけていたものの、挫折して会社員になった話。夢さえ、まだ決められない私の話。  学生だった頃、流行っていたものの話。今、流行っているものの話。長年、変わらないものの話。  お話を考える工程や、創作活動の話。読書のどこが良いか、何が魅力で本を読むかの話。  好きなジャンルや、作者の話。  大人から見た世界の話。私から見た世界の話。お互いの世代に思うことの話。  人を好きになれないゆえの孤独感や、それを乗り越えた話。人が苦手で、今まさに孤独になっている私の話――。  色々な話をした。一年分を濃縮したような時間だった。   「あの、川田さん。友だちって、どうしたら作れるんでしょうか」  川田さんとの会話は、私に静かな落ち着きをくれる。波長が合うのか、初対面だとは思えなくなっていた。 「……そうだなぁ。勇気を出して話しかけてみるとか? なんて言うのは簡単だけど、それが難しいんだよね」  頷くと、川田さんは中央の本に手を伸ばした。 「でも、今日だって踏み出してくれたから楽しい時間が出来たんだよ。君が踏み出してくれたから、俺も良い時間が過ごせた」  最後のページを捲り、私の方へと向ける。  何度も見た黒文字が、目に飛び込んで来た。  これを見つけた貴方には、素敵なプレゼントをあげます。一年の川田まで! というメッセージだ。 「これ、何が良い?」  予想外の問いかけに、またも〝え〟の声が出た。いったい今日で何度目だろう。それほど驚いてばかりだ。
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