川田さんと私

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「……き、決まってなかったんですね」  てっきり、隠されているだけだと思っていた。シュミレーションにはなかった展開に頭を捻る。こういう場合、何を求めていいのか分からない。 「それが、そこも忘れちゃったんだよね。当時は何か決めてたような気もするんだけど、もうすっかり」  語尾に、軽い笑声が付いた。楽しげな声が聞こえてきたことで、一つの思いが顔を出す。欲しいもの、あった。 「まぁ、俺に出来る事なら何でも言ってよ。折角こうして訪ねてくれたんだし」  だが、プレゼントとして頼むのには勇気が要る。いや、口にすること自体に勇気が要る内容だ。  そもそも、他者に何か要求する時点で、躊躇ってしまうのが私だが。 「…………お、思いつかない……です」 「そっかぁ。まぁこんな短時間で考えろって言うのも無茶な話だよね、ごめんごめん」  想定内の返事だったのだろう。川田さんは躊躇いなく返事した。 「そういうことではなくて……!」  だが、私の方が反応を見越せておらず――早まってしまった。 「なくて?」  素早く突いてきた川田さんは、不思議そうに私を見る。 「……えっと」  心の内で、短い文章が流れた。頭の中の私が、何度も繰り返し言葉を伝えている。  そうすると、想像の中の彼は笑って、優しく“良いよ”と答えてくれる。  ――シュミレーションだけは、何度だって出来るのに。たった一言、声にするだけがいつも出来ない。  成功の確率だって、90%は堅いと見込んでいるくせに。  勇気が欲しい。声を放つ、勇気が欲しい。  いつもいつも、逃げてばかりの自分から卒業したい。  たくさんの勇気を出せた今日なら、楽しいをたくさん知った今日なら、上手く出来るかな。 「へ、へ、変なお願いかもしれないです……」  前置きを据える。川田さんの顔が、一段と穏やかになった。多大な勇気を見透かしてくれたのかもしれない。 「うん、何かな?」 「…………わ、わた」  今まで、誰にも言ったことのない言葉。言えなかった言葉。  けれど、今日はちゃんと言いたいと思った。今日だけは、言わなくちゃと思った。 「私と、お友だちになって下さい……!」  小さくなりすぎた声で、だけど精一杯に吐き出した。言い切る前に顔が熱くなる。指先や耳たぶまで、熱を感じるほど火照った。  反応を窺うべく、上目を向ける。川田さんは、少しだけ瞳を丸くしていた。 「いいよ。俺も嬉しい」  けれど、すぐに微笑んでくれた。
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