0人が本棚に入れています
本棚に追加
会計を済ませ、駅前まで並んで歩く。結局、飲み物はご馳走になってしまった。
夕日に照らされ、空も火照っている。色味も方向も、それから心の形も――何もかも違うせいで、まるっきり別の景色に見えた。
本の表紙にできそうなほど美しい。返すべきか否か――迷ったまま右手に滞在する本に、貼り付けてしまいたいくらいだ。
「ねぇ、俺からも一つお願いしていい? 無理なら無理でいいんだけど」
駅前の一本道、普段通りの歩幅で歩く。なのに、同じテンポで足音が鳴っている。
「……な、何でしょう?」
足元に奪われていた視線が、川田さんへと移動した。にっこり笑んだ顔で、本を指している。
「物語の続き、君が書いてよ」
「……えっ、ええっ!? で、でも私っ、物語なんて書いたことないですし! こんなにも素晴らしい物語をおかしくはできません……!」
人を感動させ、突き動かした本の続きを書く。ハードルの高さに、戸惑いが隠せない。
「おかしくなんてならないよ。整合性なんてなくてもいいし。ただ、君の思う続きが見たいなって思っただけだから。本に直接書いてくれてもいいし、難しいなら別の紙でもいい」
だが、他ならぬ彼が言うと、不思議と高すぎるハードルに挑みたくなる。
「…………なら、書いてみたいです……」
今日だけで、私の世界は変わったようだ。
ほんの少し、小さな一部分に過ぎないけれども。自分でも、何がとははっきりと分からないけれど。
それでも、何かが変わった。
「ありがとう。時間がある時でいいから書けたら見せてね」
「は、はい、また見せに来ます。あの、その時にですね……今日みたいにお話たくさん付き合って下さいませんか? あ、話のネタは集めておきます……」
お昼休憩を教室で過ごしてみようかな。誰かに声を掛けてみようかな。
それか、図書室の普及活動でも始めてみようか。
「おっ、いいね。もちろんだよ。俺も話したいこと集めとく!」
本は素敵だよって。未来の予定が少し変わるかもよって。まだ知らない誰かに出会えるかもよって。
伝えたいな。話したいな。
勇気を出したら、また何か変えられるかな。
*
駅前に到着し、私たちは別れた。
若いパワーで頑張ってねと言われた時は、訳もなく面白くてつい笑ってしまった。
けれど、本当に努力しようと思えた。
物語の続き、どうしようかな。
話しかけるって、どこからはじめればいいのかな。
図書室の存在を、どうやって皆に知らせよう。
今度、川田さんに会うまでに、やっておきたいことを書き出さなきゃ。
気付いたら、玄関の扉を潜っていた。
白い表紙を上に、勉強机に本をおく。
ああ、今日は眠れそうにない。
最初のコメントを投稿しよう!