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「イメージと大きく違うのだけど」
古い木造アパートの4畳半1Kの一室で、俺は言った。
「本当にアンタキューピッドなの?」
俺は五分刈りの身長180センチの体重150キロの巨漢柔道部員。圧が強い見た目。
アイツは身長150センチより小さく体重40キロもない無精ひげのおじさん。ノーネクタイのヨレヨレ背広姿。
オクターブ高い裏声のような高いキーでしゃべり始めた。
「みんなそう言うポイポイ。でも、ワダチは容姿で仕事しているわけではないしポイ。オメーを助けようと来ただけ。嫌なら帰るポイポイ。」
容姿も気になるけれど、ポイポイの語尾も気になる。アイツは続けた。
「彼女がこの電車に乗るの今日が最後の日だよポイポイ。で、オメーどうするの。告白しなくていいのポイポイ?なんならワダチが彼女のハートに矢を放てばバッチりよポイポイ。」
=1年前=
俺は高校生。俺の通学の同じ駅から母親と一緒に乗り込んできた彼女に出会った。ロングヘアの白い肌。ひとめで恋におちてしまった。彼女は白い杖をもっていた。母親から電車での立ち位置につき指導を受けていた。優先席の前のつり革につかまることを教えていた。三つ目の駅で降りていった。その日から僕は毎日同じ時間の同じ車両で通学した。彼女の知る由ではないだろうが。
俺は絶対にストーカーではないし誤解されると面倒くさいから絶対に話かけなかった。でも、俺の存在を伝えたい。俺の好意を伝えたい。モンモンモン。
彼女は1週間もすると母親無しで一人での乗車となった。俺は少々調子にのって、痴漢ポイ奴、やばそうな奴、とにかく彼女近づかないように、毎日、毎日、彼女の隣のつり革空間に陣取った。彼女にぶつかってきた奴は睨みつけ、混み合っている社内は彼女のまわりには空間ができるように体を張った。でも、彼女からは俺は不存在人間。
「なんで今日が最後だってわかるんだよ。そもそもなんで俺が彼女が好きだってこと知ってるんだよ。俺は彼女の名前も年も何もしらないのに。アンタ何者なんだよ。」
え・・・やっぱりこのおじさん、本当にキューピッドなのか?
「告白なんかできるわけないだろ。今まで一回も話をしたこともないし、俺の顔だってわからないんだから。ところで、これは現実?おれは寝ぼけているの?なんであんたは俺の家の中にいるの?」
キューピッドと称するおじさんは「じゃあ帰るポイポイ」と言って、少しづつ消え始めた。
「待って、待ってください。本当に今日が最後なの?アンタの矢を放てば、この告白は成功するの?」
キューピッドと称するおじさんは、「さあね。」と面倒くさそうに言い放ち、「ほら電車の時間だよ」と室内の時計を指さして、自分は消えていった。
最後の日だって。このままじゃ、もう彼女と会えなくなってしまう。やべえ、すぐ出なくちゃ。
慌てて学生服を着ると、行ってきまーすと家族に怒鳴りながら家を出て、駅まで走った。
果たして俺は、また彼女のとなりのポジションを確保できた。
ひとつ目の駅を通過、二つ目の駅を通過、そしていよいよ三つ目の駅だ。次で一緒に降りる。よし、そこで告白するぞ。と、いいながら、おおおおおおお、告白って何を言えばいいんだ!!!
そこまで考えてなかった。
三つ目の駅到着。
ドアが開いた。
彼女が降りた。
俺もおりた。
いったい何を告白すればいいんだよ。言葉なんて考えてなかった。
その時、あの、キューピッドが俺の真ん前に現れ、いきなり俺に弓を引いた。あぶねーよ・・・矢が刺さった・・・矢が体の中に消えた。
俺は、俺は、俺は、頭の中に言葉くっきりと浮かびあがった、そして自然と声になっていた。
「ずっと好きだったんだ。そしてこれからもずっと好きだ。ずっとだ。」
やべ、これで、俺は立派なストーカーだ。
でも彼女は驚かなかった。
彼女は知っていたのだ。キューピッドの野郎が俺のことチクっていたんだ。
彼女は小さくうなづいた。
キューピッド、ありがとう。
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