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 都内にあるホテル、紅楓山荘の宴会場だった。ここはいつも通りの豪華さで客を迎え、いつも通りの丁寧さでもてなしてくれる。窓の外には見事な紅葉が広がっていた。 「出会ったときのことを思いだしてたの」 「ああ、図書室の。懐かしいね」  彼は優しく微笑んだ。遠くを見るようなその目に、同じ思い出を見ているのだとうれしくなる。  あのとき18歳だった五百里将周(いおりまさちか)は25歳になり、16歳だった千枝華は23歳になった。  今は婚約者として彼の父親の会社の創業記念パーティーに出席している。 「初めて一緒に出掛けたのも秋だったな」 「そうね……バイクに乗ったのは初めてだったけど、寒かったわ」  千枝華が答えると、将周はまた笑った。 「おい、ちょっといいか」  将周の父が彼を呼ぶ。 「ごめん、行って来る」  千枝華に軽く手を上げて、将周は父の元へ行く。  やっぱりかっこいい、と千枝華は彼に見惚れる。  黒髪はアップバンクですっきりと爽やかながら、どこか精悍さがある。細身の体に黒みを帯びたネイビーのスーツがさらに彼をタイトに見せている。やぼったくなりかねない黒縁メガネは彼の知的さを倍増させ、怜悧な印象を与えていた。  高校を卒業した彼は日本で最高の大学に進学したあと、アメリカの大学に編入、卒業した。  現在は父の会社の同業他社で平社員として修行中だ。
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