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一般人の立ち入りを規制するイエローテープが張られたビルから一歩外に出ると、そこにはいつもと変わらない東京の景色がある。狭い空の下を忙しく歩く人々。年度末が近いこの日、心なしか人々の通り過ぎる速度も速い。
比嘉はその通り過ぎる人々に目を向けていた。いや、正確には、通り過ぎる人々の中に紛れて、自分たちの動きを注視している人物の有無を確認していた。川島も同様だ。
「特に怪しい奴はいませんね」
川島はそう呟いて「こっちです」と指を差した方向に歩き出した。その後ろに離れることなくついて歩く比嘉は、最初の角を曲がるまで周辺に目を配っていた。
「あれだけの現場にする人間だ。我々の捜査を遠目で見てほくそ笑んでいると思ったが……」
比嘉の言葉に、川島は溜息の後、「まったくです」と呟いて続けた。
「あんな殺し方ができる人間がこの近くにいるなんて信じられませんよ。いや、あんなの、人間のすることじゃない」
「そうだな」
川島と同様、比嘉も同意の言葉を返しただけだが、互いに胸には熱い思いを抱いていた。人の命をゴミ同然に扱うなど許されるはずもない。残忍な殺害現場の残像は、二人の胸に激しい怒りと共に鋭く刻まれていた。
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