第一話

4/10
前へ
/104ページ
次へ
 二人が辿り着いた蕎麦屋は、昼食のピークを過ぎて空席が多くあった。 「カツ丼二つね」  川島がテーブル席に座りながら、案内した女性店員に指を二本立てて注文した。 「カツ丼二丁」という声に、厨房で作業をしている主人からの返事はない。その代わりに、仕込んでいたカツを揚げる心地良い音が聴こえてきた。  揚がったカツに包丁が入る軽やかな音を響かせた二分後、二人の前に青磁の蓋付きのどんぶりが運ばれてきた。 「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」  店員のその言葉が終わる前に、川島は蓋を開けている。その様子に微笑みを浮かべながら、比嘉も中身を覗き込むようにゆっくりと料理と対面した。 「なるほど。食う前から旨いと言っていたのが分かるな」 「でしょう? 箸で驚くほど簡単に切れるんですよ。こんなに厚いカツなのに」  そう言いながら実践して見せた川島の箸は、ひと口大に切ったカツを口に運ぶことなく静止した。 「人の身体じゃ、こうはいかないですよね……」
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加