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二人が辿り着いた蕎麦屋は、昼食のピークを過ぎて空席が多くあった。
「カツ丼二つね」
川島がテーブル席に座りながら、案内した女性店員に指を二本立てて注文した。
「カツ丼二丁」という声に、厨房で作業をしている主人からの返事はない。その代わりに、仕込んでいたカツを揚げる心地良い音が聴こえてきた。
揚がったカツに包丁が入る軽やかな音を響かせた二分後、二人の前に青磁の蓋付きのどんぶりが運ばれてきた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
店員のその言葉が終わる前に、川島は蓋を開けている。その様子に微笑みを浮かべながら、比嘉も中身を覗き込むようにゆっくりと料理と対面した。
「なるほど。食う前から旨いと言っていたのが分かるな」
「でしょう? 箸で驚くほど簡単に切れるんですよ。こんなに厚いカツなのに」
そう言いながら実践して見せた川島の箸は、ひと口大に切ったカツを口に運ぶことなく静止した。
「人の身体じゃ、こうはいかないですよね……」
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