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食事の最中に凄惨な現場を思い浮かばせる川島の発言を比嘉が責めなかったのは、比嘉もまた、川島の箸によって引き裂かれるカツに、無残にバラバラにされた死体を重ねて見ていたからに他ならない。
「考えるのは、鑑識の結果を見てからだ」
比嘉は川島をそうたしなめて、鰹節をふんだんに使った出汁を吸い込んだカツを口の中に放り込んだ。
「捜査事実を得る前に余計な先入観は持たない、ですよね。分かってはいるんですが……」
「分かっているなら、まずは食え。旨いぞ」
「旨いのは知ってますよ」
そう言って食事に集中し始めた川島を見て、比嘉も目の前のどんぶりを空にすることに専念した。
事件発覚から三週間後、ようやくバラバラ殺人事件の現場となったビルへの立ち入り規制が解除されたが、その日の捜査本部には重苦しい空気が充満していた。
「こんな現場でDNAひとつ残さないなんて、人間業じゃないですよ」
そう嘆く川島の言葉に、比嘉はただ唇を噛みしめていた。
鑑識官が当初想定していた現場保存期間を大幅に超えた理由が、川島の嘆きに表されていた。殺害前後、現場に居合わせた人物の指紋やDNAといった証拠が何ひとつ発見されなかったのだ。
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