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男は子犬と同じく黒ずくめで、烈や影斗と同じくらいの上背があり、痩せ型で均整のとれたモデルのようなスタイルの持ち主だった。
少し長めに伸ばした黒髪と、日焼けサロンに通っていると思しき褐色の肌。
身体の線を強調するタイトなトップスとダメージ加工が入ったアウター、そして光沢感のある細身のズボンからは、そこはかとなくコアなアーティストな雰囲気が感じられた。
濃いサングラスをかけているせいで顔の全貌はうかがい知れなかったが、自然に口角のあがるさまからは、外見だけでは測りづらい人当たりのよさが伝わってくるようだった。
尻を上げ、尾をぴんと立ててべったりはり付く子犬をしばらく撫でさせてもらってから、苡月は後ろ髪引かれる思いを残しながらも立ちあがる。
「すみません、買い物から帰る途中なので…。だいぶ癒されました」
「ああ、そうだったんだ。…もしかして、それはきみの荷物?」
「…はい…」
石ブロックへ積んでいた大きな袋を男に指さされ、苡月は困り眉を寄せた。
はにかむ彼の面持ちを見、男は続ける。
「なんだか大変そうだ。手伝ってあげよう」
「! えぇっ…?」
「こっちは散歩途中だし、近くまでなら全然ついていけるよ」
「いえっ…ひとりで大丈夫です」
「本当に? そんな細腕じゃ、道のりいくらも続かないだろう。…だからここで休んでたんじゃないのかな?」
「…っ」
男に本音を見透かされ、断ろうとした苡月は恥ずかしさに頬を染める。
「でもっ…見ず知らずの方に運んでいただくなんて…」
「まぁまぁ、ここで"友人"になったとでも思えば。荷物を持ってる間だけでも、俺は全然かまわないよ」
「!」
「俺も不用意に警戒されることは望んでない。きみが運んで欲しいところまで運んで、また荷物を返したら、"他人"に戻る。それならどうかな?」
至ってフラットな物言いでそう提案してくる男に、苡月は目を見張ったあと、恐縮するように頭をさげた。
「…すみません、ご厚意に失礼なことを言ってしまって」
「いやまぁ、警戒されるのは当然だしね。近頃はいろいろ物騒みたいだから」
「荷物運ぶの、お手伝いしてもらってもいいですか?」
「もちろん」
苡月はエコバッグを両手に、男は犬のリードと余った苡月の荷物を片手ずつ持ち、ふたり並んで歩き始めた。
苡月にさんざんじゃれついていた黒い子犬は、歩き始めると男の脇にぴたりと寄り添い、半歩後ろから続いた。
その行儀のよさ、しつけの行き届いたさまに、苡月はいたく感心した。
「すごくお利口な子ですね。初めての散歩とは思えないです…!」
「俺が"ご主人"だって、わかってるからね」
犬のようにつぶらな瞳を丸くしながら見上げてくる苡月へ、男はさも当然のようにそう返し、口元に笑みを浮かべた。
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