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ややがてふたりは、楠神社の石段下まで歩き着く。
石段をあがる手前で、苡月は男へふり返った。
「――本当にありがとうござました。ここで大丈夫です」
「この上がきみの家なんだね。…とても荘厳な"門"だ」
「! いえ、これは鳥居で、僕ん家の門では…確かに、家はこの敷地内にはあるんですけど…」
石段の上にそびえる灰色の鳥居を見上げながらそう感想を述べる男へ、苡月は戸惑いつつ弁明する。
苡月の注釈へふんふんと興味深げに頷くと、男は口元をにっとあげてみせた。
「じゃ、これで"友人"は終わりだね」
「え…」
ふいなひと言に表情を止める苡月へ、男は小首を傾げながらさらりと続ける。
「きみの荷物をきみの望むところまで運んであげた。目的は達成された…"友人"としての関わりは、これで解消され、また"他人"に戻る。そういう話だったよね?」
「…!? っ…」
先ほどの"友人""他人"のくだりは、場を和ますための冗談かと思いきや、本心からくるもののようだった。
認識の不一致に苡月は面食らい、返す言葉をとっさに見つけられず、困惑の面持ちを浮かべながら男を見上げる。
そしてしばし視線を惑わせたのち、こちらの反応を待つ男を見つめた。
「あのっ、僕は…あなたと友人のままでいたいです」
「? どういうことかな?」
「確かに、さっき言ってた話とは違っちゃうんですけど…でも、こうして知り合ったご縁は大切にすべきかな、と…」
どこか告白のような言い回しになってしまい、苡月は気恥ずかしくなりながらも思いを伝える。
「ここまで触れ合ってきた時間は短くても、一度作った関係は、簡単にはまっさらに戻せないと思うんです。…もしまた道でぱったり会うことがあったら、僕はあなたに笑って挨拶したいです」
「ふむ」
苡月はそう微笑みながら言い、男に数歩近寄ってしゃがむ。
すると、男の脇に座っていた黒い子犬がとことこと苡月へと歩み寄り、差し伸べられた手を舐めた。
子犬が懐く様子を眺めながら思案する男を、苡月はもう一度見上げた。
「友人関係のままでいてもらえませんか? …この子にも、また会わせて欲しいですし」
「…うん。ではそうしようか。もともと俺が提案しただけのものだったし、それをどう捉えて変えるかは、受け手であるきみの自由だ」
「ありがとうございます」
苡月の晴れやかな笑顔を、男も満足気に見やっていた。
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