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第1話_功労者の格言
11月末。
少し冷え込みの増した日の夕方遅く、日の暮れかけた小さな神社の境内脇にバイクが停まり、ふたりの人影が敷地内に据えられた住居へ早足で近付いていく。
呼び鈴が木霊し、ほどなくして内側から玄関がからりと開かれた。
「――いらっしゃい」
「…っ、すみません…遅くに」
「ううん。どうだった? 旅行は。紅葉は綺麗だった?」
家主らしき男は、訪ねてきた彼らへにこりと笑いかけたが、ふたりは張りつめた面差しを帯び、黙ったまま男を見上げるだけだった。
気さくに話しかけ始めたものの、靴も脱がず玄関土間に立ち尽くしたきりの彼らを眺め、男の方も浮かべていた笑みに少しだけ憂いを含ませた。
「…一旦やめとこうか。とにかくあがって」
住宅街に囲まれた楠神社の宮司で楠瀬邸家主の楠瀬 葉月は、訪ねてきた青年たちを居間へ通す。
通されたふたり――花房 烈と髙城 蒼矢は、神妙な面持ちのまま、葉月へ対面して腰を下ろす。
ほうじ茶の入った湯呑みを差し出すと、葉月からゆっくりと口を開いた。
「…影斗から、もう聞いてるのかな?」
「はい、…今日の昼過ぎくらいにSNSが入って。…そこから引き返してきたので、こんな時間になってしまいました…ご迷惑を」
「そんなことはないよ。かえって、僕の都合で帰宅を急がせてしまったんだね。折角の機会だったのに、こちらこそすまないことをした」
頭を下げながら返答する蒼矢へ、葉月は首を横に振りながら優しくとりなした。
依然静かな面差しを崩さない葉月へ、傍らの烈は力のこもった視線を送る。
「こっちに帰ってくるにつれて、だんだん実感が湧いてきた気がしました」
「遠隔地だと感じ取れないってことなんだろう。今までは、きまってみんな近場にいることが多かったから…丁度タイミングが合って、気付けずにきてしまってたんだね」
「…今まであるのが当たり前だったものが、ぽっかりなくなっちまった…みたいな、そんな気分です…」
烈の吐露は、傍から聞いていれば不鮮明でひたすら感覚的だったが、葉月はなんの疑問符もないようにこくりと頷いた。
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